第18話 あいつはすでに死んでいる


『死んでる? ホースケが?』


『聞いてないか? 小栗と一緒に『マキタ・クエスト』をプレイしたメンバーだろ。横溝、司馬、そして江戸川。この三人はすでにこの世にいない』


 徹矢は絶句すると同時に、自分のバカさ加減に腹が立った。


 そうだ。ホースケの苗字は江戸川。あいつの名前は江戸川保。


 タモツという名前を、漢字の音読みにしてホーと呼ばれていた。

 それがいつしかホースケに切り替わり、みんなでホースケ、ホースケと呼ぶうちに江戸川という苗字はすっかり忘れてしまっていた。


 横溝、司馬、そして江戸川が『マキタ・クエスト』に挑戦して死んだ話は誰かから聞いた。


 そうだ、小栗の葬式のとき、夏目から聞いたのだ。

 なぜあのとき異変に気づかなかったのだ。


 そうか、あの話をきくまえに、ホースケから電話がきていたのだ。まさかすでに死んだ者から電話がきていたとは思わない。そこが盲点だったのだ。


『あの、すみません』

 ショタが吹き出しを開いた。

『あのホースケさんという方が、実は生者ではないことをぼくは気づいていたんです』


『えっ!』

 さすがの徹矢も驚く。


『どういうことだ?』

 スプリングがたずねる。


『実は昨日、徹矢さんとともにホースケさんのお宅に招かれまして、そこで一目見てあの方がすでに亡くなられていると気づきました』


『いやでも、俺もお前も、あいつんちでサイダー飲んだよな』


『あれは、ホースケさんの生前の記憶です。それにサイダーですから。ぼくと徹矢さんにもさんにも似たような記憶があるはずです。つまり、サイダーを飲んだ記憶を、あのホースケさんはぼくらの認識に喚起したんです。だから、あの団地の部屋でぼくたちが体験したことは、すべて幻想です。ニセモノの記憶です』


『どうして、それを言わないんだ』

 徹矢は心の底から言葉を吐き出した。


『「マキタ・クエスト」に関する情報を得られるのならば、その相手が死者でも構わないと思ったんです。おそらく「マキタ・クエスト」で命を落とした人だろうと想像したんです。だから、それだけ正確で有意義な情報が得られるだろうと思いました』


『有益な情報はあったのか?』

 スプリングがショタとアローに訊ねる。


『いや』

『いえ』

 二人して同時に否定した。


『ホースケは大したことは知らなかった』


『あの方はおそらく、「マキタ・クエスト」で命を落としたにもかかわらず、そのことを理解できていない様子でした。たぶん、自分が亡くなられたことに気づかれていないと思います』


『自分が死んだことに気づかず、いまだにゲームを続けているのか?』

 アイザックが答える。


『このクエストに精神を取り込まれているのだと思います』

 ショタが答える。

『このクエストには様々なものが取り込まれ、複雑に絡みつき、縄のようによりあわさって、付喪神の如くひとつの太い柱となっています。これを解くことは難しい』


『まあ、難しいが、不可能ではないはずだ』

 スプリングが告げる。

『力を合わせて、みんなでクリアを目指そう』


『クリアすれば、マキタは消えてなくなるのか?』

 訊ねたのはアイザック。徹矢がてっきりホースケだと思っていたプレイヤーだ。


 そもそもスプリングのやつが最初に、このアイザックが誰だかきちんと紹介してくれれば、こんな勘違いをせずに済んだ。

 徹矢は口をへの字にゆがめた。


『クリアすれば、マキタは消えてなくなるさ』

 突っ込まれた反動で変に断言するスプリング。


 だが、クリアしてマキタが成仏するかは、誰にも分からないはずだ。


 そもそも、その辺りの勝算があって、大藪は徹矢たちを誘ったのだろうか? 無計画に挑んで、なんとかなるという見込み発車である気がしてならない。


 徹矢は、たずねる。

『そもそも、このクエストのクリア条件は<ダーク・クレスト>の入手だったな。それを手に入れればマキタは成仏するのか。このクエストの死の連鎖を止める方法を、おまえはちゃんと知っているのか?』


『そうだ。だれかが海底都市の最深部にある<ダーク・クレスト>を入手すればいい。それでクエスト・クリアだ。ただし、ラスボスとしてマキタが出てくる。マキタを倒さなくてもクリアはできるが、マキタを倒さないと奴は成仏しない。俺はそう聞いている』

 スプリングの答え。


 だが、すかさずアイザックが冷静に返す。

『誰に聞いた?』


『以前「マキタ・クエスト」をプレイした他校の奴らだ』


『そいつらは死んだんじゃないのか?』

『その友達だ。死ぬ前に聞いたらしい』


『また聞きではないか』

『だが、たしかな情報だ』


『どこが、たしかな情報だ。その友達の推測ではないのか?』

『聞いたといっていた』


『やめろよ、二人とも』

 徹矢は割って入った。


 口論をはじめた大藪とアイザックのプレイヤーは、それで黙る。


『ところで、アロー』

 それまで黙っていたミコンが吹き出しを発した。

『あんた今、どこにいんの?』


『え? 路上だけど』


『そこでずっとプレイするつもりなの?』


『いや、家に戻る』


『早くしなさいよ。バッテリーなんて何時間も持たないんだから』


 そうだった。

 アクセル・ボードは携帯ゲーム機だから、バッテリー稼働できるが、長時間のプレイとなるとその残量が心配になる。


『わかった、すぐもどる』


『もしよろしかったら』

 ショタが言葉を差しはさむ。

『その団地の近くだと、ぼくの自宅が近いので、どうぞ』


『その心配はねえよ。自転車があるんだ。もどったら連絡する』


『じゃあ』

 スプリングがリーダーらしい提案をする。

『アローがもどるまで、休憩しよう。間違ってログアウトしたりしないよう、注意してゲーム機を置けよ』



 死火山の中腹に回復ポイントがあり、そのゾーンは敵がでない。


 そこまで移動したメンバーは、各自休憩をとることにした。


 トイレにいったり水分補給したり、それぞれにゲーム機を置いて、用を足しに行く。


 その間に徹矢は豊島団地までもどり、駐輪場に置いた自転車を回収しようとした。


 だが。


 蛍光灯に照らされ、雑多にならぶ自転車の列の手前で、徹矢の自転車だけが地面に転がり、無惨な姿をさらしていた。

 前かごは歪み、タイヤは切り裂かれている。そればかりではない。前輪のフレームがぐしゃりと潰れて変形していた。

 まるでトラックにでも轢かれたように、ぐしゃぐしゃに変形している。


 それを遠めに確認した徹矢は足を止め、周囲を慎重に見回した。


 あんなことが出来る人間がそうそういるものでもない。マキタか、あるいはホースケか。


 徹矢は周囲にはびこる闇に近づかないよう、外灯に照らされた明るい場所を通って団地を出た。


 駆けだしたい衝動をおさえて、早足に大通りの方へと向かう。そのとき突然スマホが鳴りだした。


 冗談ではなく飛びあかった徹矢は、もつれる指で慌ててスマホを探る。

 ポケットの中からあわてて取り出そうとするが、アクセル・ボードを手にしていては難しい。


 おかしなボタンに触れないよう慎重にゲーム機を地面に置いた徹矢は、慌ててスマホの画面に触れる。


 電話に出ることよりも、着信音を早く消したかった。ここで大きな音を出していると、なにか目に見えない恐ろしいものに、自分の存在が気づかれてしまいそうで恐ろしかったのだ。


「なんだ、大藪」

 徹矢は状況を考えず電話を掛けてきた大藪に、剣のある声でたずねた。


「おい、徹矢。あのアイザックとかいうプレイヤー誰なんだ? 偉そうにしやがって。お前が呼んだんだよな」


「え?」

 徹矢の顔から血の気が引いた。


 あのアイザックは、大藪が呼んだメンバーではないのか……?


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