第17話 ホースケはどれだ?


 徹矢はプレイしている振りをしながら、必死に考えた。


 このアイザックがホースケではないとすると、ホースケはどれだ?


 ショタはショタで間違いない。ホースケはあんなに下手じゃない。

 スプリングも大藪だ。あいつからは、電話もあった。

 では、ミコン? これがホースケ?


 いや、ホースケは魔導士は使わない。使えない訳ではないが、ほとんど使わない。

 第一、こんなコミュ障なプレイヤーはミコン、すなわち石平美琴以外考えられない。


「なあ、ホースケ」

 徹矢は目の前でゲーム機をかちゃかちゃやっているかつての相棒にそれとなく訊ねてみた。

「さっきのズールディオス、なんかおかしな状態異常を引き起こしたろう? ありゃなんなんだ?」


「ああ、<被爆>か」

 ホースケはちらりと目を上げて、笑った。

「あれは企画段階で没になったアイディアなんだ。前も言ったと思うけど、うちの親父が『ダーク・イェーガー』の開発部の人と学生時代からの友達で、たまに裏話を仕入れてくるんだ。それで聞いた話さ」


 ホースケが激しくボタンを連打している。


 が、現在徹矢たちのパーティーは山岳地帯を歩いているだけ。戦闘中ではない。


 画面に集中しながらホースケが話を続ける。

「そのことをマキタに教えてやったら、あいつ、さも自分が仕入れてきたネタみたいにさ、みんなに吹聴しやがってさ。ふざけんなよって思ったよ」


 顔を上げて嬉しそうに微笑むホースケ。


「そうか」

 徹矢も彼と目を合わせ、微笑む。

「そうだ、ホースケ。ちょっとトイレ借りるわ」


「ああ、どうぞ。出て右側。玄関の横にあるから」


「助かる」


 徹矢はアクセル・ボードを手に立ち上がり、トイレへ入る。

 用は足さず、そっと扉を開けると、足音を立てないよう注意して、ホースケのいる部屋へと近づく。


 中からは蛍光灯の光が洩れ、かちゃかちゃとボタンを連打する音が響いていた。徹矢はそっと扉の隙間から中をのぞいた。


 こちらへ背を向けたホースケが必死にゲーム機を叩いている。その画面を覗き込むと……。


 そこには確かに、『ダーク・イェーガー』のゲーム画面が映っている。

 あれはステージ「魔獣の森」で間違いない。


 だが、そこに本来あるべきはずの使用キャラは表示されていなかった。


 ホースケの動かしているキャラがどこにもいない。ただ、背景だけがくるくると動いていた。


 なんだあれは? こいつは何をプレーしているんだ……。


 徹矢がその画面に見入っていると、ふいにホースケが振り返る。身体をまわさず、首だけがぐるりと真後ろまで回り、にっこりと微笑む。


「早く手伝ってくれよ、徹矢。『マキタ・クエスト』をクリアできないと、死んじまうんだ。お前がいれば、俺は死なずに済んだんだぞ」


 その目をみた瞬間、徹矢の身体に電撃に似た痺れが走った。ホースケの目は、人の目ではなかった。


 瞳孔が完全に開き切り、まっくろな洞のようになっている。これは、生きた人の目ではない。死んだ人のそれだ。


 徹矢は思わず、ばたんとドアを閉めた。


 そのまま弾かれたように玄関の靴をひっかけて外に転びだす。靴が脱げ、あわててもどって爪先にひっかけ、ふたたび走り出す。


 階段の手前で後ろを振り返りながら踵を靴の中に突っ込む。

 どうにもやりにくいと思ったら、手にゲーム機を持ったままだった。


 きちんと靴を履き、そのまま階段を駆け下り、団地の外に飛び出した。


 生暖かい夜気につつまれ、はあはあいう自分の呼気がやたら大きく響いている。ホウホウと何かの鳥が鳴き、しんしんと虫が鳴いている。夜空の月が赤く、異様に大きい。


 徹矢はホースケの部屋があったあたりを見上げ、奴が追いかけてきていないかを確認した。


 とにかくここを離れよう。団地の外に向かって走り出し、二区画離れてやっと足を緩める。はあはあと荒い息をつきながら、走りつかれて歩き出した徹矢は、その手にゲーム機を握っていることに気づいた。


 いけない。いまはプレー中だった。あわてて画面を確認する。


『徹矢、だいじょうぶか!』

『どうした?』


 味方たちの吹き出しがつぎつぎと表示される。


 画面に飛び込んできたサンド・ゴーレムの拳がアローを殴りつけ、赤いドラゴン・アーマーに身を包んだ戦士が吹き飛ぶ。


 がりっとHPゲージが三割以上削られる。見るとすでに八割近くゲージが欠損していた。回復魔法がかかって、それが復旧させられる。


「いけね」

 徹矢の指は反射的にボタンとレバーを操作する。


 まるで背後からの攻撃を読んだかのように、サンド・ゴーレムのつぎの一撃を躱し、反撃の斬撃。真上から振り下ろされた大剣が、がりっとサンド・ゴーレムの頭頂から股間までを切り裂く。


 あぶない。危うく死ぬところだった。しかも、ここでアローが死ねば、徹矢自身も死ぬことになる。そう、いま自分は、死ぬかも知れないデスゲームをプレイしているのだ。


 はあはあする呼吸を整えながら、気を取り直して敵に集中する。


 サンド・ゴーレムは大したエネミーではない。落ち着いていれば、確実に倒せる。


 徹矢はアローを的確に操作しながら、アクセル・ボードを忘れずにもって逃げてきた自分をめいっぱい褒めてやる。


 よくやったぞ、徹矢。こいつをあの場所に置いて来てしまっていたら、自分は助からなかった。とてもとても、あの場所にもどる勇気はないし、あのままではアローは死んでいた。


 仲間との連携もあって、あっという間にサンド・ゴーレムを倒した徹矢は、へなへなとその場に座り込んだ。生ぬるいアスファルトのうえに腰を下ろし、脱力したように両腕を前に伸ばす。


「死ぬかと思った」


『どうしたんだ、アロー』

 スプリングが心配してたずねてくる。


『なにかあったのか? てっきりマキタに取り殺されたかと思ったぞ』

 アイザックがアローの横に立つ。


『心配ない。いまホースケの家に行ったんだが』


『ホースケ? なんでまた?』

 スプリングがたずねる。


『あいつが、家で怪現象が起きてるっていうから』


 たしかに、「なんでまた?」と問われてもおかしくない。プレイ中に他の奴の家に駆けつけたりするんだから。


 しかも、徹矢たちがプレイしているのは、プレイすると本当に死んでしまうデスゲームなのだ。

 徹矢自身の命だけではない。いっしょにプレイしている仲間の命もかかっているのだから。


 だが、つづくスプリングの言葉は、徹矢の想像とはちがっていた。


『いや、ホースケなら二ヶ月前に死んでいるだろ』


 スプリングのセリフに、徹矢は自分の目を疑った。


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