第16話 合流


 倒れていたズールディオスが立ち上がる。突然立ち上がって、紫色の液体を吐きながら、タガが外れたように暴れ出す。


 アローとアイザックは冷静に距離をとる。アイザックに変わった様子はない。十分戦えている。


『だいじょうぶか?』

 走り出すズールディオスを追いながら確認する。


『ああ。なんともない』

 アイザックの短い返答。だが、すこし間があった。


 もしかして──。

 徹矢は考える。マキタに見張られているのではないか? 吹き出しチャットでそのことを教えれば、マキタにバレる。だから、徹矢に直接メッセージを送ったのでは?


 徹矢はスマホをタップする。いそいでホースケに電話をかけた。


 短い呼び出し音のあと、ホースケが電話に出る。すぐにホースケが出た。


『徹矢か?』

 徹矢はスピーカーにして答える。


「ホースケ、だいじょぶか? そばに誰かいるのか?」


『わからねえ。部屋に誰かいるみたいなんだ。でも、誰もいない。だが、勝手に物が動いたり、音が鳴ったりする』


「マキタか?」

 徹矢はアローを操作しながら、デスクに置いたスマホにたずねる。


『分からない。だが、他に考えられない』

 ホースケの声は泣き声に近い。


『何かいやがるんだ。助けてくれ、徹矢』


「待ってろ」

 言うやいなや、徹矢はスマホをポケットに突っ込んで立ち上がった。


 アクセル・ボードにささっていた電源コードを引っこ抜くと画面を見ながら部屋を飛び出した。


『アイザック、あとは一人でなんとかなるか?』


『どうした、アロー?』


『ちょっと離脱する。いまからそっちに行くから、まってろ』


 そう告げると、ゲーム画面が見えるように持って階段を駆け下り、玄関から外に飛び出す。


 ホースケの住む豊島団地までは、走れば十分くらい。自転車なら五分も掛からない。


 徹矢はつけっぱなしのアクセル・ボードを自転車の前カゴに置く。画面をちらちら確認しながら、自転車のカギを外して、大急ぎで夜の町に漕ぎだした。


 画面を確認しながら、自転車を走らせる。


 ズールディオスはほぼ瀕死状態。アイザックが斬りかかり、それにショタが加勢している。

 遠距離から、スプリングの銃撃とミコンの攻撃魔法も連続ヒットしており、ズールディオスのHPはゼロに近い。


 徹矢は一度自転車を止めると、アイザックとショタに警告する。とくにショタにだ。


『注意しろ。そろそろズールディオスが暴れ出すぞ』


 アイザックがショタに合図を送り、下がるよう伝えている。


 だいじょうぶ、ホースケが戦局を維持してくれる。徹矢はアクセル・ボードを自転車のカゴに放り込むと、ふたたび走り出す。信号を渡り、坂道をのぼり、豊島団地へ。


 スピードを出してカーブを曲がり、団地の敷地へ入り込む。


 一瞬、ホースケの住む部屋がどこか思い出せなかったが、見覚えのある公園を見つけて思い出す。


 そう、さっき来た場所だ。階段下の集合郵便受けの、ひとつだけチラシが溢れているのも記憶にある。階段をふたつのぼった三階の部屋。徹矢はドア横のインターホンを押した。


 すぐに扉は開かなかったが、その間にゲームの様子を確認する。ズールディオスは倒され、アイテム分配が始まっている。なんとか無事に終わったようだ。


 やがて騒々しい音をたててスチールのドアが開き、中からホースケが顔をだす。昔ながらの相棒が嬉しそうに微笑んだ。


「よう、徹矢。来てくれたか」


 ホースケの手にはアクセル・ボード。有線イアホンが繋がっていて、ホースケは徹矢と話せるように、片方だけを耳に突っ込んでいる。


「無事か?」

 徹矢の問いに、ホースケは「とにかく入れよ。サイダーくらいしかないけれど」と笑った。


「邪魔するぜ」


 ゲームを操作して、アイテムを回収しながら、ホースケについて奥の部屋へ行く。いまも両親はいないようだ。ホースケの部屋で、勧められたクッションに腰を下ろし、マイクに声を入れる。


「オーケー、再開できる」


 ボタンを押し、表示された文字を吹き出しチャットとして表示する。


 徹矢がアイテムを回収するのを待って、『じゃあ、進むか』とスプリングが告げた。


 パーティーはふたたび進攻を開始する。くねくねと岩肌を走る上り坂の先には、死火山の火口が待っている。


「ホースケ、なにか変なことが起きているのか?」

 徹矢は自分が体験した怪現象には触れずに、まずホースケにたずねる。


「ああ。急に物が落ちたり、窓に人影か映ったりする」


「ここ、たしか三階だよな」

 徹矢は軽口を叩き、二人して笑う。


「マキタの奴って、空飛べたか?」

 徹矢が言うと、ホースケが笑う。


「いや、あんなに太ってたら無理だろ。体育の時間のハードルだって飛べなかったんだから」


 徹矢はアローを操作して、上空から襲ってくる、火を吐くコンドルを叩き落した。


 死火山ではたまに、空から大きな鳥が襲い掛かってくるのだが、攻撃力は低いし、動きも単調だ。ザコといえる。


 アローの隣でアイザックが流麗な動きでコンドルを切り裂き、その後ろでスプリングが見事な射撃で上空の敵を撃ち落としている。苦戦しているのはショタだけ。


 十数匹いたコンドルはたちまちのうちに全滅させられ、アイテム箱をひとつ落とした。アローが確認すると、中には魔法薬が三つ。


 徹矢はアイテムの内容を味方につげると、

『俺が持っている。使うのはミコンだが、俺が運ぶよ』

 と表示させた。


 スプリングが『そうだな。そうしてくれ』と答えるが、ミコンは沈黙。


「ありがとうとか、言えよな」

 徹矢がホースケに言うと、あははははと笑う。


 一行はふたたび山道を上り始め、しばらくしてアイザックがたずねてきた。


『そういえば、アロー。さっき言っていた、そっちに行くとは、どういう意味だ?』


 え?


 思わず徹矢は、テーブルの向こう側でアクセル・ボードを操作するホースケを見る。


 徹矢の相棒は、楽しそうに画面を見つめながら、必死にレバーとボタンを操作していた。


 え?


 徹矢はもう一度画面に目を落とす。そこにはまだ、アイザックの質問が吹き出しとなって表示されていた。


 ──アイザック。


 これがホースケの使用キャラじゃないのか?






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