第15話 誰かいる


 飛竜は旋回しながら、急激に高度を下げてきた。


 猛烈な降下とともに、その本来のサイズがあきらかになる。体長十メートル。翼開長二十メートル超。巨大な有翼の龍が低空で襲い掛かってくる。


『全員退避! 岩の間に潜り込め!』


 リーダーをさしおいて徹矢が指示を飛ばすが、今回はクレームは来ない。スプリング自身もそれどころではないのだ。


 全員がごつごつした岩のあいだに避難するが、翼竜は林立する岩柱をものともせず、それらをなぎ倒しながら強引に着陸してくる。


 コウモリのような翼、角のあるドラゴン特有の頭部。

 足は猛禽、尾はトカゲ。

 いかにも飛竜という素晴らしいデザイン。徹矢はズールディオスのデザインは秀逸だといつも思っていた。


 だが、着陸してきた怪物は、様子がおかしかった。


 頭部の一部が溶け崩れ、口からは紫色の粘液を垂らしている。

 足の一部、胴体のあちこち、首のほとんどが、皮膚が溶解し、内部から青紫色の膿がしみだしていた。


『なんだ、ありゃ』


 まるでズールディオスというよりは、ズールディオスの死体である。

 目は赤い光を放ち、それが昆虫の触覚であるかのようにぶるんぶるんと打ち振られている。

 黒い皮膚がざわざわと鳥肌だっているように見えたのは、よく見ると表面に無数の甲虫が張りついているからだ。


 腐敗した飛竜は、奇声をあげると、意味不明に突進してきた。

 激しく打ち振るう頭部から、溶け崩れた片方の眼球がとびだし、一本の筋でぶら下がる。


『これ、どういう状態だ? 一種のエラーか?』

 スプリングが問うが、答えられ者はいない。


 ミコンが『キモい』と吹き出しを表示しつつ、回避行動にうつる。


 とにかくズールディオスが突進して来たら回避。これは鉄則だ。


 五人がそれぞれに回避し、突進してくるズールディオスに道を開ける。


 全員の回避は間に合っていたはずだが、腐敗した飛竜は走りながら、口から紫色の粘液を撒き散らしていた。

 ぼたっ、ぼたっと落下する粘液の塊のひとつが、ショタに当たった。


 とたんの彼のアイコンに「☢」のマークがつき、HPゲージが点滅を開始する。

 状態異常だ。ショタの体力がじわじわと減り始める。


 ぴかーんとショタのアイコンが光り、彼が解毒薬を使ったのが分かる。だが、アイコンについたマークは消えない。


『解毒薬が効きません』


 が、すぐにミコンがキュアの魔法をかけて彼のステータス異常を回復する。


『毒じゃない! だから解毒薬が効果ないんだ』

 スプリングが叫ぶ。


『ありゃなんだ。あんな状態異常、あったか?』

 アローの問いに、スプリングが答えた。


『おそらく、企画段階で没になった状態異常の<被爆>だ。放射能だろ。前にマキタから聞いたことがある制作裏話だ。コンプライアンス的にみて、使用されなかった。回復はキュアの魔法しかないぞ』


『被爆じゃあ没になるだろうけど、なんでそれがここで出てくる』

 アローは自分で突っ込んで、自分で回答した。

『ああ、「マキタ・クエスト」だからか』


 ズールディオスが吐き出した粘液が変化している。


 なにやら赤く光り出し、盛り上がるように膨らむと、突然爆発した。

 閃光をはなって赤い爆炎が小さく広がる。


 その爆発に巻き込まれたアイザックがダメージを受け、アイコンに☢のマークをつける。被爆したようだ。


 ミコンが一直線に駆け寄って、アイザックにキュアの魔法をかける。

 キュアはすべてのステータス異常を回復する魔法だが、射程距離が短いという欠点がある。そのため、ミコンは相手に駆け寄る必要があるのだ。


 それにしても、ミコンは反応がいい。

 さらに、あちこちで爆発する粘液を的確にかわしての移動。彼女はプレイヤー・スキルがかなり高いぞ、と徹矢は評価した。

 頼りになるかも知れない。


『くそっ、こんな怪物、どう倒せって言うんだ』

 スプリングが逃げ回りながらセリフを吐く。


 徹矢はすばやく作戦を立てた。

『被爆は無視しよう。どうせ一秒や二秒で死ぬわけじゃない。俺とアイザックで間を詰めて攻撃する。ミコンはやばくなったら回復。キュアはかけない。そうしないと、MPがもたない』


『よし、それで』

 アイザックから同意が来る。


『ありがとう。助かる』

 と告げるのはミコンだが、助かるのはこっちの方だ。


『ショタとスプリングはさがっていろ』


 アローは走り出した。ホースケの操るアイザックがそれに続く。


 距離を置いてミコン。全体回復魔法がとどくぎりぎり範囲内へアローたちを捉える間積もりだ。


 パーティーに優秀な回復役がいると心強い。事実、全国大会に出るようなチームには必ず、凄腕のヒーラーがいる。


 アローは飛竜に接近戦を挑む。

 ぼたぼたと紫色の雫をたらす巨体の下にもぐりこみ、頑強な両脚の間にポジョシニングする。

 その位置から大剣をふるってズールディオスの腹に斬りつけた。


 すぐそばにアイザックが立ち、彼はかすかに位置をずらして飛竜の脚に連続切りを与える。


 下方から攻撃をうけたズールディオスは反撃しようとその場で回転を繰り返すが、真下にいるアローとアイザックを捉えることができない。


 そして、アローとアイザックは、くるくるとその場で自転を繰り返すズールディオスの死角に立ったまま打撃を与え続ける。


 ときどき滴ってくる紫の雫がかすかなダメージを与えるが、それは微々たるもの。

 アローとアイザックは攻撃を続ける。


 最初は長かったズールディオスのHPバーもじわじわと短くなり、やがてかつかつ。

 そのあたりで、巨大な飛竜は、どうとばかりに横ざまに倒れた。


 そして、そのままひっくり返り、翼をバタつかせて首を打ち振る。口から吐き出した紫の粘液があちこちに飛び散り、それがつぎつぎと爆発を開始する。


 アローとアイザックはダメージを受けるが、それをものともせず攻撃を続ける。がりっとHPが削られるが、それはその都度ミコンが回復してくれる。


 ズールディオスの動きが弱り始めた。HPバーも十分に短くなっている。

 あと少しで倒せる。そう確信したタイミングで、徹矢のスマホがぶぶっと鳴った。


 徹矢はアローを操作しながら、スマホの画面をのぞきこむ。


 ホースケからメッセージが来ている。

 ゲームしながらメッセージを打つと聞くと、ずいぶん器用な印象があるが、移動のない状態での攻撃は所詮ボタン操作だけ。レバー入力はほとんどない。


 徹矢は左手でスマホを引き寄せると、デスクの上に置いた状態で画面をタップした。


 ホースケからのメッセージ。ゲーム中なのでさすがに短文。

『なんか変だ』


 徹矢はゲームの手を止めずに、左手で素早く返信。

 ゲームしながらスマホのメッセージを打つなんてのは、徹矢たちの世代ではデフォのスキルである。


『どした?』

 攻撃を続ける。しばらくして返信が来る。


『だれかいる』

 その文字を見た徹矢は、身体が凍りつくのを感じた。


 ──だれかいる。


 そう。自分の部屋にもだれかいた。いまは大人しいが、さっきは部屋の電気を消したり、ゲーム画面を覗き込んで来たりした。

 ゲームに集中していて今は忘れていたが、ホースケからのメッセージでそれを思いだす。


『マキタかも』

 ホースケの一文に徹矢はどきりとする。


 マキタ。とすると、この部屋にいたのもあいつか?


 徹矢はすばやく背後を振り返る。が、もちろん部屋には誰もいない。

 画面の中でズールディオスがのそのそと毛虫のように地を這いだした。そろそろ最期が近い。注意が必要だ。最後の最後にズールディオスは大暴れする。


 それ以上ホースケからメッセージは来なかった。


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