第13話 このクエストには、まだまだ謎がある
いきなり視界が闇につつまれた。
徹矢の全身にぞわっと鳥肌が立つ。
脳は自分が闇に落ちたことを認識しているのだが、指は勝手にアローを操作して大剣を振るっている。
なんだこれは……。
徹矢の認識が事態に追いつくまでに、数秒の時間が必要だった。
暗い。周囲は真っ暗だが、ゲーム画面は正常だ。
明かりだ。部屋の明かりが消えたのだ。ただ、それだけのことである。
停電か、あるいは家のブレイカーが落ちたのだ。
夜の時間帯、電気ポットと電子レンジをつかっているタイミングで、ドライヤーを回すとよくこうなる。だいたい姉貴が原因だ。
確認しないでバスルームで、ドライヤーを最大出力で回すから。
だが、家のブレイカーが飛んでも、携帯ゲーム機であるアクセル・ボードはバッテリー内蔵である。問題なく動く。
良かった。ほっと胸をなでおろしながら、徹矢はゲームに集中する。いまは中ボス戦。勝てない相手ではないが、油断はできない。
アローをエスケープさせて、恐竜の攻撃を紙一重で回避する。
やり慣れたゲームだ。エネミーの攻撃タイミングとその射程距離は知悉している。
だが、あれ?
ブレイカーが落ちたのなら、家のWi-Fiも落ちているのではないのか? はて。いま接続はどうなっていたっけ?
そこまで気づいて、徹矢はふと部屋の入口を振り返った。
ゲーム画面の光でかすかに青く照らされる部屋の中。入口のドアの周囲が白い光で縁取られている。
しばらく考え、廊下の電気がついていることに思い当たった。
徹矢はアローを操作しながら立ち上がると、入口のドアを開いた。
廊下は明るかった。電気がついていて、暖色系の光で満ちている。
不思議な気持ちで、徹矢は部屋の電灯のスイッチを入れる。パチンという音ともに、明かりがともる。
停電じゃない。ちょっと首をかしげつつ、デスクについてふたたびゲームにもどった。
アローを操作しながら考える。
いまのは停電ではなかった。ではなぜ、部屋が暗くなったのだ?
停電ではなく、廊下の電気は点いていて、鉄矢の部屋だけ明かりが消えた。
……いま、部屋の明かりのスイッチがオフになっていたが、あれはいつ、誰が切ったのだ。
徹矢ははっとして、背後を振り返る。
部屋をぐるりと見回し、誰もいないか確かめる。いや、いるはずがない。だが、だとすると、誰が部屋の明かりを消したのだ。
『アロー、早くしろ』
画面の中で吹き出しチャットが開いている。
アイザックが暴れるスピノサウルスの打撃を防いでいる。
ここは、誰かが敵の攻撃を防いで囮になり、その間に別のプレイヤーが背後から斬りつけるパターンだ。
徹矢はすかさずアローを飛びこませる。
このあたりはもう指が覚えた攻撃パターン。彼の手は的確にボタンとレバーを操作して、アローに大剣を操らせた。
縦にどかんと斬り下ろし、すかさず横薙ぎ。
そのまま一回転して、反対方向からの回転切り。
連続する攻撃はボタンを押すタイミングで連携技になり、ジャスト・タイミングでボタンを押すと、敵に与えるダメージが一・五倍になる。
アローが巨大な大剣を修羅の如く振り回し、そのままスピノサウルスを倒した。
ファンファーレが鳴り、金貨とアイテム箱が転がる。
『みんな、中を確認して、報告してくれ』
さっきまでどこにいたのか分からないスプリングが出てきて、指示を出し始める。
『回復アイテムはみんなで等分に分配するから、数を教えてくれ』
『回復薬、三つ入ってました』
ショタが拾ったアイテム箱の中身を報告してくる。真面目な奴。
『回復薬、ひとつだ』
アイザックも真面目に報告。
アイテム箱に回復薬が一つだけというのは、外れだ。ホースケは昔から引きが弱い。
徹矢は自分も足元にあるアイテム箱をあけて、中を確認する。
回復薬二十個。ずいぶん入っている。これは当たりといえた。
『回復薬五個だ』
嘘を告げて、メニュー画面を開き、回復薬を五個だけ足元に置く。
『こっちはゼロだ』
と言って何も出さないスプリング。
徹矢はすぐにそれが嘘だと気づく。アイテム箱を三つも拾って、その中身に回復薬がひとつも入っていないなんてことはない。
大藪のやつ、そういうやり方でくるか。と徹矢は鼻で笑うが、それは彼も読んでいたこと。だから、馬鹿正直に回復薬の数を申告しなかった。
『回復薬十、魔法薬五』
ミコンが告げる。
『魔法薬は全部もらうから』
魔法薬はミコン以外がもっていても使いようがない。そこはみんな同意するが……。
『ミコン、所持できる上限が近くなったら教えてくれ。みんなにも魔法薬を持っていてもらった方が、拾った魔法薬を取れない事態を避けられる』
徹矢が提案する。
ミコンの回答は、『まだ持てるから』だ。
「いや、そうじゃなくて」
徹矢はつぶやく。
「持てなくなっちゃったら、落ちてても拾えないだろって話だよ」
魔法薬は回復薬と同じで、所持上限がある。ロビーからの持ち込み上限二十、拾得上限二十だ。計四十個しか持てない。
上限に達した状態でアイテム箱から魔法薬が出てきても、文字が反転していて、その魔法薬は消えてしまうことになる。
だったら、みんなの所持上限を合わせて、全員で分配して持てば、拾った魔法薬を無駄なく所持できる。
他のプレイヤーを魔法薬の倉庫として使えばいいのだ。
「あれ?」
そこで徹矢は首を傾げた。
それは回復薬についてもいえることだ。
だれかが所持上限に達していると、そいつが開けたアイテム箱から出てきた回復薬は消えてしまう。
ならば、拾得した回復薬はみんなで分配して、その所持スペースを有効利用した方が、パーティー全体としての回復薬拾得量は増えるはず。
つまり、さきほどの徹矢が行った回復薬の隠匿は、全体という視点から見れば、損ということになる。徹矢は自分の間違いに気づいた。
だが……。
大藪も回復薬を隠蔽していたのではないか? 彼も徹矢と同じ間違いをしたのだろうか? その可能性はある。
だが、大藪は『マキタ・クエスト』について調べていた。
回復薬をみんなで分配しようと言い出したのも彼だ。その本来の目的も分かっているのではないか?
だとすると、行動に矛盾がある。回復薬を隠匿して、パーティー・メンバーが減れば、クエストのクリアが困難になる。
自分が損をすることになる。
いや、このクエストに関しては損どころの話ではない。自分も死んでしまうのだ。
徹矢はいぶかった。
このクエストには、なにか秘密があるではないか? 徹矢の知らない、謎がある。
そしてそれを、大藪は知っているのではないか?
パーティーが移動を開始した。
『魔獣の森』を抜けて、いよいよ『死火山』へ入る。
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