第12話 会敵
森を進む。
たまに雑魚の狼が出るが、どちらかというとその数は少ない。
すべて徹矢のアローの、大剣の一撃で、倒して進めた。
『ダーク・イェーガー』というゲームには、レベルという概念がない。敵を倒して経験値を得るというシステムもない。
敵を倒し、あるいはクエストをクリアし、その報酬あるいは途中で入手するドロップ・アイテムから各種素材を入手し、それを合成加工して、武器や防具、スキル・アイテムなどを手に入れ、キャラを強化していくのだ。
そのため、装備している武器と防具、装備アイテムの性能がそのキャラクターの強さになる。
あとはなんといっても、戦闘中の立ち回りだ。
アローが現在装備している大剣<ジュラシック・サバイバー>は、Sクラスのレア武器で、ほぼ最高性能。
身の丈ほどもある刀身と、恐竜の顎の形をしたナックルガードを装備した赤錆色の巨大な剣である。
刃の身幅も、肩幅を超える巨大で凶暴な武器だった。
雑魚の狼相手なら、ちょいと触れるだけで消滅させられる攻撃力があった。
前からくる敵はアローが始末し、左右後方はスプリングが冷静な射撃で露払いしていく。
一行は、初級ステージの「魔獣の森」をストレスなく進む。
アローをはじめ、スプリング他のプレイヤーたちも、装備レベルが高い。このステージでは、相手になる敵はでてこないだろう。
『マキタはどこにいるんだよ。早く出てきやがれ、腰抜け。このチキン! チキン!』
徹矢はアローに、挑発的なセリフを吐かせてみる。どこかでマキタが聞いているかもしれない。
「出てくるなら、とっとと出てきやがれ」
ゲーム画面を見つめながら、徹矢はつぶやく。
「ん?」
徹矢はアローの歩みを止めた。後ろについていた他のプレイヤーたちも、自キャラの足を止める。
『どうしました?』
ショタがたずねた。
『いま、前方でなにか動いた気がする』
『エネミーか?』
スプリングが問い、アローは答える。
『大型だ。樹の間を動いていた』
『俺は見なかったぞ』
スプリングはクレーム口調で言い返すが、徹矢はそれを目でとらえていたのだ。
大藪の目に映らなかったからといって、それが居なかったことにはならない。
『散開しよう』
ボタンを押して、アローに剣を構えさせる。
『まて、大型エネミーがいると決まったわけでは……』
ショタとアイザックが左右に移動し、ミコンが下がる。
スプリングが『……ないだろう』という吹き出しを表示した状態のまま、いきなり吹き飛ばされる。
間抜けな姿だった。
樹間から突撃してきたスピノサウルスの体当たりを喰らったのだ。
茂みの深部から飛び出してきた巨大な恐竜は、まるで大陸横断超特急だ。木の葉を舞い散らせて、もの凄い勢いと質量をもって容赦なく通過していく。
綺麗にサイドステップで回避していたアローは、大剣の横薙ぎでその腹を裂き、赤い血しぶきを小波のように迸らせる。
『だいじょぶかぁ、スプリング?』
暢気にたずねつつ、画面すみに表示されている味方のHPバーを確認する。
スプリングのHPはがっつり六割削られて、半分ちかく真っ赤だった。
『だいじょぶだ。なんということない。それより早く反撃しろ』
スプリングのHPが回復する。ミコンが回復魔法をつかったらしい。
『反撃ならもうしたよ。見てなかったのか?』
うそぶきつつ、アローを反転させる。
スピノサウルスはティラノサウルスより大きい巨大肉食竜だ。でかいし、手強い。
だが、問題はそこではなく……。
『なんで、こんな場所にスピノサウルスが出るのよ?』
ミコンの憮然としたセリフが遠くに表示されている。
確かにその通り。スピノサウルスは、このずっと先の湖エリアで出現する中ボスだ。ふつうのエリアに雑魚キャラみたいに出現したりはしない。
『倒すか?』
アローがいちおう確認する。
『ここに出られたら、いつまでも追ってくる。やろう』
アイザックの返答。
スピノサウルスはなかなか手強いエネミーなのだが、湖エリアから出れば追ってこない。
だが、イレギュラーにもフィールド・マップ上に出現されてしまっては、逃げても、どこまでも追ってこられる可能性がある。
アローは突進したスピノサウルスとの間を詰める。
体長十メートル以上ある巨大な怪物は、一定距離突進すると停止し、そこで方向転換する習性がある。正確には習性ではなく、アルゴリズムだが。
アローはのそのそと方向展開している肉食恐竜のケツに、振り上げた大剣の刃をどかっと叩きつける。ざくりと刃が沈み込み、赤い血が飛び散る。
スピノサウルスが長い尻尾を振り回すが、パターンを知悉しているアローは、タイミングよく側宙でエスケープし、ダメージを喰らわない。
後方からアサルト・ライフルを撃ちまくるスプリングの銃弾が、レーザー・ビームのような火線を引いて恐竜の巨体に着弾している。
ショタが前に出て、スピノサウルスのケツに大ぶりの太刀で斬りつけている。
アイザックが素早い動きで巨大恐竜の喉元を攻撃していた。さすがホースケ、的確にエネミーの弱点をついている。
スピノサウルスは初級ステージの中ボスだが、いま徹矢たちが組んでいるパーティーの装備から見ると、大した敵ではない。
画面上部に表示されているボスエネミーのHPゲージがたちまちのうちに削られてゆく。
『ショタ、下がれ』
アローが命じる。
『スピノサウルスが回転攻撃に入る』
警告したのに、もたもたしていたショタが、スピニング・アタックに入ったスピノサウルスの尻尾に撥ね飛ばされた。
HPゲージが七割近く削られる。
「うわっ」徹矢は思わず声をあげた。
このパーティーには一人、初心者に毛が生えた程度のメンバーがいたことを思い出したのだ。すぐにミコンの回復魔法がくるが、もしさらに大きなダメージを受けてHPをゼロにされてしまったら……。
「このクエスト、復活薬は使えるのか……」
ふいに不安になった。
『ダーク・イェーガー』には、一度死んだプレイヤーを生き返らせる復活薬がある。
だが、クエストの種類によっては生き返りが不可なものがあり、その場合は復活薬を所持していても使用できないし、復活魔法も使用できないのだ。
『おい、スプリング』
徹矢はマイクに叫んだ。
『このクエストのルールってどうなってるか知ってるか? 俺の画面は説明文が空白だったんだ』
いまさらルールの確認なのだから、間抜けは話であると我ながら思うが。
叫んだ瞬間、徹矢の視界が真っ暗になった。
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