第10話 五人いる


 時間が来た。夜の十時。徹矢はほぼ時間どおりにログインした。


 最初のテンションなら、時間前に先乗りしてみんなを待っている勢いだったのだが、なんとなく出鼻をくじかれたようで、ログイン時間が十時すこし過ぎになる。


 どきどきしながら、『マキタ・クエスト』を選択し、接続を待つ。

 突然流れ出したデモ画面にどきりとする。


 アクセル・ボードがWi-Fi経由でネットに接続され、オンライン・クエストが開始された。

 アクセル・ボードはスマホと同じように単体でもネットに接続できるが、値段が高い。

 ふつうプレイするときはみんな、家のWi-Fiから接続する。


 ロビーはひとつしか表示されない。


 画面をタップし、入室。表示が切り替わり、そこは中世の酒場風の大部屋。木のテーブルが並び、カウンターがある。壁には松明がかかり、暖炉には火が燃えている。


 室内には一人しかいなかった。


 ぞくりとする。


 黒い衣装。あれは、プレイヤーなのか? まかさクエストに棲む死神ではないのか。


 いっしゅん恐怖に震えた徹矢だったが、その黒装束が魔導士の装備であると気づく。


 黒いフードつきのマント。その下に肩まで覆うケープとワンピースを着ている。

 衣装はすべて黒。腿まであるブーツも黒だ。髪も黒。

 全部黒であるため、いっしゅん死神かと思ったが、その黒ずくめの魔導士の頭上にはプレイヤー・ネームの白文字表示がある。


 『ミコン』

 そう表示されていた。


 マジかよ。徹矢はうんざりする。こいつも参加するのかよ。


 ミコン。根暗の美琴。石平美琴だ。大藪の意外過ぎる人選。そもそも、ミコンってゲームするんだ。不気味女の意外な一面である。


 徹矢はレバーを入れると、自キャラのアローを前に進めた。


 赤龍の鎧を着込んだ戦士が、ゆっくりと歩み、黒魔導士の前まで行く。


「よろしく」


 彼がマイクに声を吹き込むと、その音声を検知したソフトが、画面下の入力画面に文字を表示す。


 これは入力画面なので、まだ他のプレイヤーには見えていない。

 徹矢が決定ボタンを押して、はじめて彼の言葉は画面に表示されるシステムだ。


『よろしく』


 画面内の赤の戦士アローが、マンガの吹き出しを表示し、そこに徹矢の言葉「よろしく」が表示されている。

 『ダーク・イェーガー』では、チャットは吹き出しによる文字チャットだ。ボイス・チャットではない。


 吹き出しチャットにはメリットとデメリットがある。


 メリットは、ボイスチャットだと音楽や効果音に紛れて聞き取りにくいことがあるが、吹き出しチャットだと、それがない。


 また、画面サイドに表示される文字チャットだと、画面スペースをとるし、しっかり読まないと誰がいった言葉だか分かりづらい。

 とくに、似たようなプレイヤー・ネームの奴らがそろうと、そっちに気を取られてしまう。


 が、吹き出しチャットなら簡便で、それらの心配はない。


 いっぽう吹き出しチャットのデメリットは、一定時間表示される吹き出しが視界を奪うということだ。


 とくに、プレイヤーたちがいっせいに何かしゃべり始めると、画面中が吹き出しで埋め尽くされて、敵が見えないなんてこともある。


 徹矢の『よろしく』の吹き出しにぴくりと反応したミコンが返信してくる。


『……』

『え?』

『……よろしく』


「いや、『……』多すぎだろ。チャットなんだからさ」

 徹矢は思わず突っ込んだ。


 画面の下に、マイクがひろった彼の独り言が表示されている。

 あわてて消去して、独り言をいう時は、マイクの方を向かないようにしなければならないコツを思い出す。


「そうだ。そんなことより、ショタを呼ばねえと」


 徹矢はメニュー画面を開いて、フレンド登録されているショタに、招待状を送った。そして、すぐさまスマホでショタに電話する。


 相手はすぐに出た。


「おい、ショタ。いま招待状を送ったけど、届いたか?」

「はい、届きました。招待に応じてみます」

「おう、ダメだったら諦めてくれ」


 言っているそばから、新しいプレイヤーが入室してきた。画面の左端に名前が表示され、青い鎧に身を包んだ戦士が現れる。

 背は低め、背中に大ぶりな太刀を背負っている。


 プレイヤー・ネームは「ショタ」。間違いない。どうやら徹矢の招待に応じることで、無事『マキタ・クエスト』に参加できたらしい。

 まあ、無事っていいかたはどうかと思うけれど。


『おう、ショタ』


 すかさずアローがロビー・アクションで手を振る。


 ちょっと間が合って、ショタが『アローさん』と返答する。いかにも慣れていない間の空き方だった。


 ショタのキャラは、戦国武将風のデザイン。装備しているのは魚鱗をかたどったスケイル・メイルだが、デザインは武将風。背中には長い太刀を背負っている。


「おう、ショタ。紹介するぜ……」


 途中まで音声入力したのだが、よく考えたらショタはミコンを知っているし、ミコンにわざわざショタを紹介する必要もないなと思い、セリフを削除した。


 そこへさらに二人。ログインしてきた。


 ガンナーとアサシン。


 ガンナーは肩にアサルト・ライフルをかつぎ、グリーンのスワット・アーマーを着込んでいる。アーマーの柄はジャングル・パターンの迷彩。

 キャラ・ネームはスプリング。大藪春輔のキャラだ。


 徹矢は中学のころ何度か大藪のスプリングとはいっしょにプレイしたことがあった。たよりになる射撃手である。


 もう一人のアサシンは、イエローのビートル・アーマーに身を包み、腰の後ろに二刀のナイフをX字に差していた。

 ナイフは、戦場で最強といわれるグルカ兵が使うククリ・ナイフ。アサシンの最強武器だ。


一瞬、知らない奴か?と思ったが、すぐにホースケだと気づく。

 ホースケはやたらとキャラと職業を変える奴だった。そういったものに愛着がないらしい。


 反面、どんな武器をつかわせても安定した実力を発揮する男だった。


 徹矢のスマホが振動し、チャットが来たことを知らせる。


 画面を開くと、チャットアプリにホースケから「ログインしたぜ」の一文がとどいている。


 徹矢がその下に、「今度はアサシンかよ、しかも黄色って頭おかしい(笑)」と書き込むと、「そこが味噌だ」という返信がきた。


 アサシンなのにイエローって目立ちすぎだろ、と徹矢は一人笑う。


 ホースケの新しいキャラクター名は、アイザック。毎回ころころ変えられるから覚えられない。最初につかっていたアランはどこに行ったんだ。


 これで五人。

 五人しかいないと思うか、五人もいると思うか?




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