第9話 たとえデスゲームでもわくわくする


 クエスト開始が十時。九時までには準備を整えたい。


 大急ぎで晩飯を食べ、食料としてのポテチとペットのサイダーを手に、二階へ上がる。

 我が家は現在姉貴の受験で厳戒態勢だが、徹矢が自分の部屋でゲームしている分には文句のひとつも出ないはず。


 態勢を整え、とりあえずショタに連絡する。


「こっちの準備は整った。そっちは?」


「はい、ゲーム機は持ってますので、なんとか。ただ、ダウンロード・クエストを確認したんですが、『マキタ・クエスト』はありませんでした」


「うーん、そうかぁ。じゃあ、俺が入ったら、招待状を送ってみる。それで入れなかったら諦めよう。そのためには、フレンド登録する必要があるから、どこかのロビーで合流して、カード交換だな」


 ダウンロード・クエストの一覧に『マキタ・クエスト』が表示されないということは、そのクエストはプレイできないということなのだが、徹矢が『マキタ・クエスト』のロビーでショタに招待状を送れば、クエストに参加できるかもしれない。

 そこに賭けるしかなかった。




 どたばたしているうちに、九時半。大藪から電話が来た。


「徹矢、どうだ? 準備はできたか?」


「ああ、準備完了だ。これはダウンロード・クエストだが、オンライン専用だな? 部屋はどうするんだ?」


「部屋はひとつしかない。スタートすれば、その部屋に自動接続する」


「そうか。実は一人、呼びたい奴がいるんだが、構わないか?」


「呼びたい奴? 誰だ?」


「俺のちょっとした知り合いなんだけど、ゲームは素人だ。ただし、霊能力がある」


「へー」

 案外平坦な声が返ってきた。

「構わないけど、その霊能力でマキタを除霊できたりするのかよ?」


「そりゃあ、やってみないと分からんけど……」


 徹矢は首を傾げた。

 あれ? 大藪はマキタを除霊したいんじゃなかったのか?


「ただ、そいつの画面には『マキタ・クエスト』は表示されないんだ。なので、中に入ったら、俺から招待状をそいつに送ってみる。それでダメなら、そいつのことは諦める。それでいいか?」


「ああ、いいよ」

 大藪は快諾する。

「まあ、入れるかどうかは、マキタ次第だな」


 小馬鹿にしたような笑いを残して、大藪からの通話は切れた。


 とにかく集合は十時。時間になったらダウンロード・クエストを開き、接続を待つ。問題がなければ、ロビーに入れる。他のプレイヤーたちもそこにいるはずだ。




 次にかかってきた電話は、ホースケからだった。


「徹矢、おまえ、大藪に誘われたんだって?」


「ああ、そうだ。耳が早いな」


「俺の情報網は凄いんだ。で、参加するのか?」


「行くよ。俺にクリアできないゲームは無い」


「死ぬかも知れないのに、酔狂な奴だな」


「大丈夫。俺の他に除霊師もいるから。ゲームをクリアして、マキタの亡霊を成仏させてやるよ」


「わかったわかった」

 ホースケは安心したように声を弾ませた。

「良かった。お前が来てくれるなら、安心だ」


「なんだ、ホースケも誘われたのか」


「行く気はなかったんだが、おまえが一緒なら俺も行くことにした」


「そうか」

 徹矢もちょっと嬉しくなる。

「おまえと『ダーク・イェーガー』をやるのは久しぶりだな」


「そうだな」

 ホースケも懐かしそうなリアクション。

「俺たち名コンビだったしな」


 なんだか徹矢はこれから始まるデスゲームが楽しみになって来た。

 昔の仲間とまたゲームできる。中学を卒業し疎遠になってしまったクラスメートと、あのころのようにまた遊べる。


 それは『マキタ・クエスト』のおかげだろう。

 たとえそれが死を呼ぶデスゲームであったとしても、そんなことをしばし忘れてしまうくらい、徹矢はこのあと始まるクエストが待ち遠しかった。


 電話を切り、ゲームの準備をする。机につき、アクセル・ボードを電源につないだ。


 アクセル・ボードは比較的大型の携帯ゲーム機だ。そのぶん画面も大きい。

 左右にレバーとボタンがあり、指向性スピーカーはプレイヤー以外には音があまり響かないという優れもの。高性能マイクと大容量バッテリーを装備し、電源なしで何時間もプレイできる。


 画面についた皮脂を丁寧にファイバークロスで拭っていると、部屋に激しい音が響く。徹矢は驚いて背後を振り返った。


 なにもない。ドアは閉まっている。


 ただ、その横の本棚の前。床の上に一冊の本が落ちていた。

 あれが、本棚から落ちたのか。


 徹矢はその一冊をじっと見つめる。


 白いカバーにはいった大判の書籍。中学の卒業アルバムだ。たしか上の段に入っていたはず。だが……。


 あんな大きい版型の本が棚から落ちたりするだろうか。中学の卒アルはしっかり奥まで棚に挿してあったはずなのだ。


 徹矢はその卒アルを無視して前を向く。何事もなかったかのように、画面を拭き続けた。


 何もない。気のせいだ。あの卒アルは最初からあそこに落ちていたのだ。


「別にいま落ちたわけじゃない」

 確認するように、わざと大きな声で言ってみた。


「最初からあそこにあった」


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