第8話 暇つぶしのデスゲーム


「本気かよ」

 徹矢の本音である。


 本当に『マキタ・クエスト』は存在するのか。そして、それをプレイすると本当に死ぬのか?


 さらにさらに、クエスト内でマキタを倒せば、そのクエストは消えてなくなるのか?


 それらはすべて噂の範疇だ。


 そもそも、ゲーム内でマキタを倒せば、死のデスゲームが消えてなくなるなんて、だれが言い出したのだ? 開発会社か? それとも実際にプレイした連中か?


 しかし、そいつらは死んでしまっているのではないのか? 死ぬ前に、だれかに伝えたのか? 

「うー、このゲームを終わらせるには、マキタを倒すしかないぞー」と?


 バカバカしい。そして、胡散臭すぎる。


「なあ、頼むよ。助けると思って力を貸してくれ。おまえの腕が必要なんだ。どうせ夏休みで、暇なんだろ?」


 大藪がさらに頼んでくる。懇願し、持ち上げ、あげくの果てに「暇なんだろ?」ときた。


 暇つぶしに死のゲームをプレイするような、酔狂な奴がいるとは思えない。


「わかった、やるよ。面白そうじゃないか」


 だが徹矢は承諾した。

 どうやら、ここに一人、国宝級に酔狂な奴がいたらしい。


「で? いつやるんだ?」


「準備出来次第。何人かに声掛けして、みんなからもOKもらってるから、俺らはいつでもいいぜ。徹矢しだいだ」


「じゃあ、今晩さっそく挑んでみるか」


 徹矢はすばやく頭の中で計算する。

 携帯ゲーム機のアクセル・ボードはここしばらく使っていないから充電の必要がある。

 製品アップデートもあるかも知れないから、最低でも二時間は余裕が欲しい。


「夜の十時スタートでも構わないか?」


「いいだろう。じゃあ、夜の九時半までに、もう一度連絡する。場合によっては『マキタ・クエスト』が表示されない可能性もあるかなら」


「わかった。そんときはきっと、マキタの奴が俺に恐れをなしたってことであきらめる。じゃあ、あとで連絡くれよ」


「おう。徹矢も、なんか問題が起こったら、俺に連絡くれ」


「ああ、じゃあ、今夜は小栗の弔い合戦ってことで」


「ん?……ああ、そうだな」


 大藪の声に、かすかな笑いが含まれた。

 なんだろう? なにがおかしいのだろう?


「そうだ、徹矢」

 大藪がふいに、口調をあらためて訊ねる。


「今日の葬儀でおまえ、……小栗の死に顔とか、見たか?」

「え」


 意外な問いに徹矢は虚を突かれ、さらに小栗のあの笑顔でかたまった死に顔を思い出し、いやな気分になった。


「見たけど」

「どうだった?」

 ささやくような大藪の問い。


 徹矢は鼻を鳴らし、諦めたように答える。

「笑ってたよ」


 徹矢は恐ろしい事実を伝えたつもりだった。


 だが、大藪の反応は徹矢の予想とはちがった。


「そうか」

 こたえる大藪の声は、かすかに笑っていた。




 ゲームの準備を進めながら、徹矢は自分でもどうかしていると思っていた。


 これから始まるのは、プレイすれば死ぬと言われているデスゲーム。事実、死んだ奴が何人もいる。


 しかも、クリアしたとして、本当にそのデスゲームが消えてなくなるかはわからないときたもんだ。


 いや、それどころか、クリアしてもプレイした者が死なないとは限らない。


 なにしろ、だれもそこを確かめていないのだから分かろうはずがない。そもそもが、クリアできる種類のゲームなのかすら不明だ。


 自分はいま、これから死ぬかも知れないゲームに参加するというのに、わくわくしている。

 頭がおかしいのではないかと、徹矢自身思うのだが、このどきどきする興奮を抑えきれない。


 徹矢はゲームにおいて無敵だった。


 だれも彼に敵わない。だから、負けるかも知れないとか、クリアできないかも知れないとか、そんな感覚はいままで味わったことがなかった。


 だが、今回は違う。


 クリアできないかもしれないデスゲーム。負ければ死ぬかも知れない緊張感。攻略不可能かもしれない不安。そして、どんな強敵が飛び出すか分からない恐怖。


 それを考えただけで、ぞくぞくする。

 そう。自分はこのゲームに、恐怖とともに、狂おしいほどの興奮を感じているのだ。


 アクセル・ギアを充電し、システム・アップデートを済ます。


 かなり久しぶりに『ダーク・イェーガー』のカセットを挿入し、起動してみた。


 すでに懐かしさを感じるデモ画面。流れ出す荘厳なオープニング映像が、かつての記憶を呼び覚ます。


 セーブしているデータを呼び出し、使い慣れたファースト・キャラ、『アロー』をロードする。


 赤い龍殻の鎧に、身の丈ほどもあるアイスブルーの大剣を背負った戦士タイプ。

 武装LVは99のマックス。獲得スキルもほぼコンプリートの最強クラス。

 このキャラで徹矢に攻略できなければ、この世に『マキタ・クエスト』を攻略できる奴はいない。


 徹矢はファースト・ステージで、自キャラ・アローの動きを再確認し、むかしの感覚を取り戻すべく、ボスキャラを狩ってみる。


 いい感じだ。あっさりと現役で攻略していたころの動きが戻ってくる。まあ、それだけこのソフトはやり込んだということだ。


 そして、ネットに接続し、オンラインからのダウンロード・クエストを確認する。


 どきどきしながら、ページを開き、そこに並ぶクエストの数々を確認していく。


 ──あった。


 『マキタ・クエスト』。

 本当にあった。ただし、クエストに関する説明文は空白だ。これではどんな内容のクエストなのかまったく分からない。


「マキタの野郎」

 徹矢はにやりと口元をゆがめた。

「あとでお前のことをしばき倒して、俺をクエストに招待したことを、心底後悔させてやるからな。待ってろよ。キモオタ・デブの変態野郎」


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