第7話 笑顔


 小栗の葬儀は退屈だった。


 大勢で着席し、お坊さんのお経を聞く。初めて見る小栗の家族が語る思い出話と、小栗の小さいころからのスライドショー。


 小栗とは小学校からいっしょだったから、知っている写真もある。徹矢は自分が映っていないか必死に探したが、見つけることが出来なかった。


 大勢の人が小さな会場に集まって、小栗の死を悲しんでいる。なんか不思議な感じである。本当にあいつ、死んだんだなと思う。


 豪華な祭壇に置かれた小栗の写真。丸顔につぶらな目。

 クラスで目立つ奴ではなかったが、バスケ部で活躍していたので、けっこう後輩の女子に人気があった。会場には、ハンカチを手にして泣いている中学生の女子集団もいる。


 やがて、お焼香。

 順番にたちあがって、前に出て、謎の粒々を火にくべる。一回か三回か分からないから、三回やっておいた。


 式次は粛々と進み、花入れの儀。


 蓋を開けられた棺に花を入れるのだ。棺の中では白い布とたくさんの花に包まれて、すでに遺体となってしまった小栗が眠っている。

 いや、眠っているわけではない。小栗はもう冷たくなっていて、二度と目を覚まさないのだ。


 徹矢は息がつまる思いで、棺の中の小栗と対面し、そして思わず「うっ」と呻いてしまった。


 ──小栗は、笑っていた。


 土気色の肌を、蝋人形のように固めた小栗の顔は、隠しても隠し切れない、愉悦と嗜虐の笑みに醜く歪んでいた。


 己よりも弱いものを虐げ、蹂躙するときの、歪んだ喜びに満ちた笑み。あふれ出して止められない喜悦と恍惚に身を震わせる歪んだ笑顔。


 人は、こんな嬉しそうな顔をして、死ぬものなのだろうか? 今わの際に、こんな嫌らしい笑みを顔に浮かべたりするものなのだろうか?


 徹矢の背筋を、虫が這うような戦慄が駆け上がる。


 人の遺体がこんなにも恐怖を与えるなんて、今まで想像したこともなかった。


 徹矢が全身を駆け巡る震えに身体を竦めていると、ふと棺の向こうにもう一人、じっとその場を動かない奴がいることに気づく。


 ミコンだった。


 手に数珠をからめた色白の少女は、かっと開いた両眼で、食い入るように小栗の遺体を見つめていた。まるでそれに、恋焦がれているかのように……。




 葬儀の後、徹矢はショタと別れると、まっすぐ家に向かった。


 ほんとうはもう少し、知っている奴らに話を聞くべきだったかもしれない。だが、とてもとてもそんな気になれなかったのだ。


 あの小栗の遺体と、それを見つめるミコンを見たあとでは。


 疲れた徹矢は、帰りはパスに乗り、自宅近くの停留所で降りる。

 祖父の代から住んでいる家。住居は一度リフォームしているので、築五年くらいの新築二階建て。


 だが、現在は姉が今年大学受験ということで家の中はびりびりしていて、あまり帰りたくない場所。


 といっても、他に帰る場所はないのだが。


 ドアを開けて、そのまま二階に昇ろうとすると、あわてて出てきた母親が徹矢を止める。


「あんた、塩もらってきたでしょ」

 と。

「さあ。どっかやった」


 と答えると、母親はいちど奥に引っ込み、台所からもってきた調味料入れから塩をつまんで徹矢にかける。ひどい扱いだ。

 だが、小栗のところに持っていった香典は母に出してもらったので文句もいえない。


 こんな塩程度にどれほどの効果があるか分からないが、とりあえずお清めしてもらった徹矢は、緩めていたネクタイを外しながら二階へ上がる。

 部屋のドアをあけようとする丁度そのとき、スマホが鳴った。


 画面を見ると、大藪から。


 来た。やっと来た。

 そう思い、姉がうるさいので、部屋の中に飛び込んでから通話に出た。


「おう、徹矢か?」

 声は大藪だった。とうとうデスゲームへのお誘いがきたらしい。だが、徹矢は他のことが気になった。


 なんだろう? 違和感がある。

「ああ、俺だ。久しぶりだな、大藪」

「ああ」


 なんだろう? この違和感は? 

 疑問に思いつつも、会話の腰は折らない。


「どうしたんだ、急に?」

「徹矢、おまえさぁ。今日、小栗の葬儀に行ってきたの?」


「ああ、行ってきた。そういえば、お前は来てなかったな。なんかあったのか?」


「いや、別に。俺は小栗とはそんなに仲良くなかったからな」


 たしかにそうだ。大藪と小栗は親友ではない。


 だが、徹矢の知っている大藪春輔という男は、クラス一のナイスガイと言われた男だ。男気にあふれ、信用篤く、義理堅い。たとえ仲が良くなかったとしても、級友の葬儀に参列しないような不義理はしない奴だと思ったが。


「なあ、徹矢。ところで、あの噂は聞いているよな」


 大藪の笑いを含んだような声。はて? なにがおかしいのだろう。それとも、楽しいのか?


「噂? どんな?」

 徹矢はとぼけた。


「おいおい、知らないはずないだろう? マキタの、死のゲームの話をさ」


「へー、『マキタ・クエスト』か。大藪も、あんな与太話を信じているとは、意外だな」


「いや、あれは与太話じゃないぜ。本当のことだ。『ダーク・イェーガー』のダウンロード・クエストに、本当に存在するんだ、『マキタ・クエスト』がな。ただし、表示されない奴もいる。サーバの不具合でも、ハードの特性でもない。マキタを知っている奴じゃないと、あのクエストは表示されない」


「まるで、学校の怪談とか、都市伝説みたいだな」


「じっさいにそれで、何人も死んでる。きょう葬式のあった小栗だって、それで死んだんだ」


「証拠でもあんのかよ」


「そこは間違いない。俺が保証する」


 徹矢は大藪の言葉にちいさくため息をついた。おまえに保証されてもな。彼のおかしな論法に呆れてしまう。


「いま、もとA組の主だった連中に声掛けしてるんだ。みんなで力を合わせて『マキタ・クエスト』に挑戦し、あれをクリアしてやろうってさ。『マキタ・クエスト』のラスボスは、どうやらマキタらしいんだ。あいつをゲーム内で倒せば、マキタの亡霊を除霊できる。そうすれば、この死のゲームもこの世から消えてなくなるんだ。たのむ、徹矢。おまえの腕が必要なんだ。俺たちに協力してくれないか。みんなであのマキタをやっつけて、この死のデスゲームを終わらせようぜ」


「本気かよ」

 徹矢の本音である。


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