第6話 葬儀という同窓会


「あのう、マキタさんってどんな人でしたか?」

「デブでキモくてオタク」

「ひどい言い方ですね」

「ああ」


 ふと懐かし気に、マキタの下膨れの面を思い出す。


「俺たちはマキタのことを決して嫌いではなかった。けど、もしかしたら俺たちのマキタに対する態度は、あいつ自身にとっては不本意だったかもれしないな。あいつ、ゲームが下手なくせに、やたら細かいデータとか攻略法とかに詳しいんだ。それだけネットで調べてたってことなんだろうけど。でもよ、ショタ。クラスにそういう口でばっかり偉そうなこと言う奴がいたりすると、完膚なきまでに叩き潰したくなったりしないか?」


「いやぁ」

 ショタは曖昧な相づちを打った後、ぼそりと突っ込みを入れた。

「叩き潰したんですか?」


「完膚なきまでに。毎回」


 しばらく二人して無言で歩いた。


「俺たちはあいつのことを結構好きだったんだ。だけど、それはあいつにはたぶん、伝わってなかったろうな」


 徹矢は短くため息をついた。




 ショタと別れたあと、徹矢が家に帰ると、小栗の葬儀の予定が中学の連絡網で回されてきていた。

 通夜は今週の土曜日。告別式は翌日の日曜日とのことだった。



 中学を卒業して半年も立たない時期の、同級生の葬儀はちょっとした同窓会だった。


 懐かしい顔がつぎつぎとセレモニー・ホールのエントランスを入ってくる。

 徹矢はエントランスちかくの柱のまえで、ショタと二人、やってくるかつての級友たちと顔を合わせては、とりあえず挨拶して存在をアピールしていた。


 葬儀の場ということで、徹矢は笑顔を封印し、厳しい表情を維持しているのだが、そんな彼の顔を見るたびに、かつての級友たちは思わず破顔しそうになるのを必死にこらえて手で顔を覆う。


「おい、何やってんだよ、徹矢」

 必死に笑いをこらえた夏目が駆け寄ってきた。

「変な顔して笑わせるんじゃねえよ。厳粛な場なんだから」


「笑わせてねえだろ。てめえもみんなも、なんで笑いを必死に堪えてるんだよ」


 今までの腹立ちを夏目にぶつける徹矢は、とにかくこれがチャンスと彼をエントランス・ホールの隅へ引っ張っていく。


「なあ、小栗ってなんで死んだの?」


「いや、死因は俺も知らないけど」

 周囲に人がいないのを素早く確かめた夏目が、声を潜める。

「ある朝、意識不明になっていて、それで救急搬送されたらしい。一命は取り留めたが、意識がもどらず、徐々に衰弱してってとうとう……ってことらしいけど」


「なにか、小栗がゲームしてたって話、知らないか?」


 夏目は徹矢の言葉に、すっと表情を険しくする。

「『マキタ・クエスト』のことを言っているのか?」

「知ってるのかよ!」


 思わず叫んだ徹矢を、夏目とショタがあわてて止める。


「すまん、取り乱した。あ、紹介まだだったな。こいつ、池波小太、俺のフレンド」

「どうも、池波小太です」

「あ、夏目漱介そうすけです」


 ショタのことを胡散臭げに見下ろす夏目に、徹矢はすばやくつけ加える。


「こいつも、『マキタ・クエスト』のことは知っている。なんとかあの変態の呪いを解こうと躍起になってくれてるんだ」


「大藪のやつが動いているみたいだな」

 夏目がため息をついた。

「『マキタ・クエスト』をクリアしてマキタの亡霊を除霊しようと、みんなを誘っているらしい。俺にも声をかけてきたよ」


「やるのか?」


 徹矢が目を輝かせると、夏目は吐き捨てるように答えた。


「だれがやるかよ。すでに何人も死んでるんだ。たぶん連絡が来てないから知らないだろうけど、他のクラスだった横溝も司馬も江戸川も死んだり意識不明になったりしているんだ」


「嘘だろ。そんなに被害者がいるのか? それで全部?」


「分かんねえよ」

 夏目はさらに声を潜め、ささやくようにしぼりだした。

「とにかくマキタ関係はやばいんだ。人に話すだけで呪われるって噂まである」


 徹矢はショタと顔を見合わせる。

 夏目は徹矢の肩をがしりと摑んだ。


「それが分かっててプレイするバカはいない。大藪は無茶過ぎる。たぶん人が集まらなくて、断念するんじゃないかな。徹矢、おまえも断れよ。いくらゲーム好きだとしても」


「いや、俺のところにはまだお誘いは来てないんだ」

 徹矢はすこし不思議そうに答える。


「え? そうなの? 意外だなぁ」

 夏目は目を丸くする。

「おまえなら、真っ先に誘われると思ってたけど」


 自分が誘われない理由について何か面白い答えを、徹矢が考えていると、静かなモーター音が響いて、エントランスの自動扉が開いた。


 入って来たのは、黒い喪服に身を包んだ色の白い少女。


「あれ、ミコンかな」

 夏目がさきに気づく。


 小柄で細身、色白の目立たない女子。

 名前は石平いしだいら美琴みことというのだが、みんな陰で彼女のことを、伝説の魔導書ネクロノミコンに引っ掛けて、「根暗の美琴ネクラノミコン」と呼んで笑っていた。


 人と話さないし、仲のいい友達もいない。いつも教室のすみで頬杖ついてうつむいていた女子である。


「相変わらず、気味悪いな。あいつ、なんで笑ってるんだ?」

 夏目が眉をひそめる。


 たしかに彼の言うとおりだった。


 久しぶりに見たミコンはちょっと美人になった感じ。だが、その目はなにかの期待に輝き、口元は嬉しそうに歪んでいる。


 なんだ、ありゃ。と徹矢も思う。あんなに嬉しそうに葬式にくるなよ。


「でも、髪切るとけっこう可愛い」

 夏目の言う通り。


 中学のころは長い髪を背中まで垂らし、前髪で顔を隠していた。

 が、いまはショートボブにしていて、切れ長の大きな目も完全露出している。

 改めて見ると、案外可愛い。


「そこそこな。うちの女神さまたちには及ばねえよ」


 徹矢は自分でもわけのわからない負け惜しみをつけ加えていた。


「彼女にも話を聞いてみますか?」

 ショタがたずねたが、徹矢は肩をすくめた。


「いや、あいつは、やめとこう。触らぬミコンに祟りなしだ」


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