第4話 だが、プレイしたやつがいた
ホースケの部屋に通された。雑然とものの散らかるリビングの奥に、ホースケの部屋がある。両親はふたりとも深夜まで帰らないらしい。
うらやましい家庭だ。
クーラーが効いている。風がひんやりと冷たい。
蛍光灯に照らされた、座椅子とカーペットのならぶ部屋。
中央にある四角いローテーブルは冬は炬燵として活躍するのだろう。真正面にテレビがあり、ローテーブルの上には複数のコントローラーとキーボードが置かれている。
ここは極めて快適なコックピットであるといえた。
「いい部屋だな」
「どっかその辺に好きに座ってくれ。すまん、人が来ることないから、座布団とかは、ないっ!」
「おかまいなく」
ショタが丁寧にお辞儀して、部屋の隅にちょこんと正座する。
「早くサイダーだせ」
徹矢はローテーブルの横にあぐらをかいて、とりあえずコントローラーを手に取った。
「ちょっとまってろよ」
苦笑したホースケが氷の入ったサイダーのグラスを用意したくれた。
ごくりと三人で口をつけ、「うめー」と息を吐く。
その上で。
「じゃあ、さっそくだが」
とホースケは口を開いた。
「最初はマキタの死から始まった。そもそもの根源はあいつなんだと思う……」
マキタは中三の夏休みに死んだ。いまからちょうど一年前になる。
デブでキモオタ。愛すべき変態。
みんなことあるごとにあいつの悪口を言って楽しんでいた。心底嫌われていたわけでもない。だからといって、好かれていたかは微妙だが。
そんなマキタが、夏休みに入った最初の週に交通事故で死ぬ。街道に飛び出したところを走ってきた大型トレーラーに轢かれたらしい。即死だった。
奴が飛び出したため自殺説も流れたが、あいつの葬儀に集まった俺たちは、「ないない」と陰で笑っていた。あいつのことだから、トラックに轢かれて異世界に転生するつもりたったんだろう。いまごろ美少年に生まれ変わって、ハーレム作りに精を出しているにちがいない。
そんな話をして笑っていたのも、実はあいつがいなくなって寂しかったからだ。あいつはいつも騒ぎを起こしてくれたし、それを俺らはいつもいじって楽しんでいた。
ところが、あいつが火葬されて一週間後。
おかしな噂が立ちのぼり始めたらしい。
『ダーク・イェーガー』のダウンロード・クエストに、マキタのクエストが出現したというのだ。
その名も「マキタ・クエスト」。
「え!? 『ダーク・イェーガー』に?」
その話をきいて、徹矢は素直に驚いた。
『ダーク・イェーガー』といえば、少し前にブームになった大人気ゲームだ。二年前? いや三年前か?
プラットホームは携帯ゲーム機の『アクセル・ボード』。ただし、パソコンでもゲーム・ステーションでも繋げられる。
内容は、ジャングルやダンジョンに巣食う怪物を協力プレイで倒すもの。
学校でも大流行りで、休み時間にみんなしてアクセル・ボードを持ち寄ってプレイしていた。そのあと、学校でのプレイは禁止になったが。
そんなビッグ・タイトルのダウンロード・クエストに、マキタのクエストが登場する? そんなことがあるのだろうか?
大手ゲーム会社の大人気タイトルである。つまり、ハッキングとか誰かのいたずらということは、考えづらい。
「いや、でも」徹矢は片眉をつりあげて問う。「そんなおかしなクエストを、メーカーは放置していたのか? あるいは、公式のクエストだったのか?」
「公式なわけがない」
ホースケが笑いながら首を横に振る。
「あれは、すべての人に表示されないクエストだったんだ。おそらく、マキタを知っている人間のハードに、ランダムに表示される幻のクエストだろう。夏休み中だったからな。それに気づいた奴らの間で噂になった。ただし、プレイすると死ぬと表記されていたので、みんなすぐには手を出さなかったんだ。」
「そんな話、いま初めて聞いた」
自分だけ知らなかったのだろうか? 徹矢は少なからずショックを受ける。なにか自分がのけ者にされていたような気がして、すこし悲しかった。しかも、ゲームのことに関してで、だ。
「プレイすると死ぬと表記されていたのに、プレイした人がいた、ということでしょうか?」
ショタが静かにたずねる。
「そうなる」
ホースケは重い口調で肯定した。
「そんなバカな」
徹矢は口にしてから、しかし妙に納得してしまう。
自分ならどうだろう? プレイすると死ぬゲームだと言われて、引き下がるだろうか? それがどんなものか知りたくて知りたくて我慢できなくなるのではないか?
「プレイすると、必ず死ぬのか?」徹矢は我慢できずにたずねる。「どんな内容のクエストなんだ? クリアすれば、助かるのか?」
「まあ、まてよ」ホースケは苦笑しつつ、徹矢を制する。「順を追って話すからさ」
「最初は気味悪がってだれもプレイしなかった。だって、マキタのクエストだぞ。しかも、すべてのハードに表示されるわけではない。人によって表示されたり、されなかったりするんだ。ちょっとしたホラーのネタとしてみんな面白がっていた。でも、プレイする勇気のある奴はいなかった」
「ところが、誰かがプレイした。そういうことか」
徹矢の問いにホースケがうなすぐ。
グラスの中の氷がかちゃんと音をたてて、落ちた。
サイダーがざわっと泡を立つ。
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