第3話 プレイすると死ぬ


「徹矢、ひさしぶりだな。なあ、聞いたか? 小栗が死んだらしい。マキタの呪いだってよ」


 徹矢は一瞬言葉につまり、目の前にいる小太の顔を見つめる。小柄な少年は、問うような視線で彼のことを見上げていた。


「なあ、ホースケ。ちょっと教えてくれ。マキタの呪いってなんだ?」


「ん? ああ、そうか。徹矢は知らないか。あいつの呪いの話」


「今、べつの奴からその話を聞いたばかりだ。呪いのゲームがあるとか、なんとか」


「ああ、そうだな。電話じゃなんだから、俺んち来いよ。豊島団地って分かるか?」


「分かる。おまえ、あんなところに住んでたの?」


「そう。有名な幽霊団地」ホースケは笑う。「そういや、うちに来たことなかったな」


 ホースケと徹矢は小学校から一緒だったが、家に遊びに行ったことはない。


「すまん、もう一人いるんだが、つれてっても構わないか?」


「いいよ。サイダーくらいしかないけど、それで良ければ」





 ホースケの住む豊島団地は、池袋からみて大塚よりにある。


 JR山手線の駅で言うと、池袋のつぎが大塚であるため、大塚は池袋の北にあると勘違いする人が多いが、大塚は池袋から見ると真東にあたる。


 このあたりは街道と線路が入り組んで走っているため、あんがい複雑な地形になっていた。


 日が傾き始めた高速道路の高架下を歩き、豊島団地へと小太を案内しながら、徹矢は彼に質問を浴びせた。


「なあ、ショタ。おまえ、除霊師って言ったよな? それって、霊能力者かなんかなのか?」


 日は傾いているが、空はまだ明るい。夏の熱気は消え去る気配もなく、街道を走る車の発する熱が、高架下には二十四時間こもっているようだ。すこし風でも吹いたくれれば涼しくなるのだろうが。


「通りすがりの除霊師といいましたが、じつはぼく、まだまだ半人前なんです」


「そういうのって、実在するの? 霊とか、除霊師とか」


「人は死んでも、その想いとか、記憶とかが空間に停滞することがあります。この地区には強烈な怨念の滞りが見られ、ぼくはそれを追って独自に調査を続け、死のクエストの噂にたどり着いたのです」


 徹矢は隣を歩く少年の顔を胡散臭げに見下ろす。


「ショタ、おまえ、じゃあ、霊が見えるの?」

「あの、ぼくは小太ですが」

「だから、ショタでいいじゃん」

「では、ぼくもあなたのことをアローと呼んでもいいでしょうか」

「ダメに決まってるだろ」


 ちょっと気まずい雰囲気が流れる。


「ぼくは、見えるんです」

 ややあって、ショタが口を開いた。

「うちは代々そういう家系なんです。が、見えるのと祓えるのとでは大きく違う。じつはぼくは、ぼくの師匠にまだ祓うことをしてはいけないと止められているのです」


「だったら、なんで首をつっこんできた」


「何人も死んでいるらしいです。が、公にはなっていない。ゲームをした人が死んでいるので、その共通性が見つけづらい。だれがプレイして、だれが死んだのか。その因果関係が分からない。そこに巨大な呪いがあり、それが人の命を喰らっているというのに、その事実が炙りだせずにいます。だから、その呪いの連鎖の中に、飛び込んで行くことにしたんです」


「本当に死んでいるのかよ。ゲームしただけで、人が死ぬもんかよ」


 徹矢は吐き捨てるように言った。確かに自分はゲームが好きだ。だが、ゲームとはそんな、命懸けでやるようなものではない。

 彼はゲームに必死になるなんて、格好悪いとすら思っているのだ。


 徹矢にとってゲームとは、あくまで楽しむもの。それこそが本質だった。


「本当に人が死んでいるのか否か。それをこれから、確かめに行くのでしょう?」


 ショタはふふんと鼻で笑う。その鼻息がなぜか楽しそうであることに、徹矢は腹が立つ。そして、そんな自分にすこし驚いてもいた。




 豊島団地は複雑にうねった斜面にある。

 巨大な城塞のような建造物が連結するダムのように聳え立ち、斜面の上から眺め降ろすと、遠く見晴らせる巣鴨の夜景が壮観ですらある。


 空は明るく、街路は暗い。

 青い空に立ちふさがる巨神のような積乱雲は、夕陽に下から炙られて、練炭のように赤く焼けていた。

 下界はすでに日陰となって青く沈み、銀色の街灯が電子回路のような冷たい光をぽつぽつと放っていた。


「おお、いい曇り空だな」

 徹矢は心の底から感嘆の言葉を発しながら、コンクリートの階段を降りる。


 ついてくるショタは、「蚊が多いですね」と文句を言っている。



 ホースケに指定された棟の、指定された階段をのぼり、指定された四〇五号室へ。

 部屋をさがして横廊下を歩きながら、徹矢は荒い息で文句を言う。


「団地ってエレベーターないのかよ。今どきあり得んだろ」


 表札のでていないドアのまえでホースケに電話する。呼び鈴は壊れているらしいのだ。


 徹矢がワン切りすると、ペンキの剥げたスチールの扉が騒々しい音を立てて、内側から開いた。


「よお、ひさしぶり」

 扉を開けたホースケが中から笑顔を見せる。


「おう」

 徹矢は軽く手を上げて挨拶。おまえ、老けたな、という言葉はTPОをわきまえて飲み込んでおく。


「紹介するよ。こいつは、ショタ。今日知り合った。自称霊能力者」


「え?」ドアをおさえたまま、ホースケが胡散臭えーと言わんばかりの顔をする。


 そりゃそうだよなと思いつつ、徹矢はさっそく本題に入る。


「で、話を聞かせてくれよ。プレイすると人が死ぬってゲームの話をさ」


「ああ」

 ホースケの顔から表情が消えた。

「まずは中に入れよ。それからだ。そして、プレイした奴らが全員死んだっていう、曰くつきのゲームの話をしようじゃないか」


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