第2話 死のクエスト


「おまえさ、俺の女神さまたちの前で、絶対死ぬデスゲームとかの話なんかするなよ。それでなくても、俺がゲームばっかりしてると、あいつら機嫌が悪くなるんだからさ」



 とりあえず二人きりで話そうということで、外に出て当てもなく歩く。

 サンシャイン60通りから乙女ロードの方へ。


「すみませんでした。もしかして彼女さんたちにはゲーマーであることは秘密でしたか?」


「ゲーマーに秘密も隠密もねえだろ。そうじゃなくて、プレイすると死ぬとか不穏なゲームの話をするんじゃねえよ」


「はい。配慮が足りませんでした」


 分かったような分からないような顔で隣を歩く池波小太。


誉田ほんだ徹矢てつやだ」

 とりあえず立ち止まり、自己紹介だけはする。


「池波小太しょうたです」

「さっき聞いた。あ、そうか。ショタっぽいから、小太なのか」

「ちがいますよ」

 不機嫌そうに否定された。


「徹矢、おはよ」

 通りすがりの女子が挨拶していく。


 大きなキャリーバッグをごろごろ引き摺った濃いメイクの女子。レイヤーちゃんだった。


「おう、おはよう」

 徹矢は挨拶を返すが、レイヤーちゃんは立ち止まらず先を急ぐ。


「お仕事か?」

「イベント。告知してるから、あとで見に来て」


 手を振りながら去ってゆくレイヤーちゃん。

 彼女に手を振りかえしながら徹矢は、

「で?」

 先を促す。

「デスゲームとは?」


「徹矢さんも聞いたことあると思います。『マキタ・クエスト』のことを」


「いきなり名前呼びかよ」

「あっ、す、すみません。誉田くん」


「徹矢でいいよ」

「だったら話の腰を折らないでください」


「『ドラゴン・クエスト』の話だったか?」

「『マキタ・クエスト』ですって」


「だから、聞いたことないって。俺が聞いたことのあるゲームの話をしてくれ」

「いや、でも、徹矢さんは中学校のとき同級生でしたよね?」


「俺のいた学校に、ゲームは通ってなかった」

「いえ、マキタです。牧田優」


 その名前を聞いたとき、徹矢は思わず自分の表情が曇ってしまったことを感じた。


「あの、マキタか」




 マキタとは、中学三年の時いっしょのクラスだった。


 身体が大きく、背は徹矢と同じくらい。だが、太っているため背が低く見えるとみんなに揶揄されていた。


 声がでかく、無神経。大食漢だが、雑食で、食べ方は汚い。ゲームとアニメと漫画とグラビアが大好き。そして、ちょっとヤバい奴だった。


 教室でやたら脱ぎたがるし、女子の制服で登校してきたこともあった。


 学校でトイレ盗撮事件があり、まっさきに疑われたのもマキタだ。もちろんマキタが犯人なんて証拠は何ひとつない。盗撮というだけで、マキタに直結する。奴はそんなキャラ。愛すべき変態だった。

 女子には嫌われていたが。


「あいつは、しつこいから嫌いだった」

 徹矢の率直な感想である。


 マキタはゲーム好きで、データとか攻略法とか製作スタッフのことに関しては、異様に詳しい。が、ゲーム自体は下手だった。

 奴には、自分は一番ゲーム好きで、自分が一番ゲームに詳しいのだという変なプライドがあったのだ。


 ゲームで徹矢に負けると、何度も何度も挑戦してきた。勝つまでやるつもりなのだろうが、徹矢が負けるはずがない。また、わざと負けてやるほど徹矢も寛大ではない。


 そういうときは、心折れるまで叩きのめすのが徹矢のやり方だ。


 おかげで、マキタのリトライは永遠に続く。エターナルなリトライ。それが徹矢にとっては苦痛だった。また、自分が徹矢に勝てないことにいつまでも気づかないマキタに、いらだちも感じていた。


「でも、マキタなら中三の夏休みに死んだぞ。交通事故だったらしい」

「はい」


 ふつうにうなずく小太を、徹矢は不思議そうな目で見下ろす。


 ややあってから、徹矢の方からたずねた。

「で、なんの話だっけ?」

「プレイすると絶対に死ぬデスゲームの話です」

「ああ」


 分かったみたいにうなずくが、実は全然意味が理解できない。


 もったいぶった間のあと、やっと小太が口を開く。


「牧田優の死後、存在しないはずのクエストが、あるオンライン・ゲームのダウンロード・クエストに出現するようになりました。その名称が『マキタ・クエスト』です。そのクエストをプレイした者は、三日以内に死ぬ。徹矢さんも、そのクエストの噂は聞いていますよね」


「知らねえよ。バカバカしい。なんだその、プレイしたら死ぬクエストって。呪いのゲームかよ」


「はい、そうです。ぼくは最初から、その話をしています。呪いのゲームの話を」


 徹矢が呆気にとられた顔をすると、小太は真摯なまなざしを向けてきた。


「ぼくは通りすがりの除霊師です。この街に巣食う、巨大な呪いの連鎖を断ち切りに参りました。そのゲームをプレイして、すでに何人もの生徒が命を落としているんです」


「んなこと、あるかよ」


 徹矢は吹き出し、くつくつと笑う。だが、その直後、彼のスマートフォンに、中学の時の同級生から着信があった。画面に「ホースケ」とでっかく表示されている。


 久しぶりに声を聴く級友の第一声はこうだった。


「徹矢、ひさしぶり。なあ、聞いたか? 小栗が死んだらしい。マキタの呪いだってよ」


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