マキタ・クエスト GAME OVER=死

雲江斬太

第1話 格闘ゲーム


 画面の中で、美姫が舞っていた。


 身を翻し、美脚が薙ぐ。

 みどりの髪が波打ち、突き出される拳打は銃弾のよう。

 彼女の放つ斬撃のごとき蹴りをうけ、後ろに吹き飛ぶのはむくつけき巨漢。


 鋼のような筋肉。コングのごとき肉体。

 ジャングル・パターンの迷彩カーゴパンツに頭髪はクルーカット。

 巨躯の軍人は、痛みに顔を歪めて大地に転がる。


 両者の上には、二本の体力ゲージ。格闘ゲームの画面である。


 軍人が倒れると同時に、大歓声が上がる。


 ステージ上には巨大なオーロラ・ヴィジョン。会場のあちこちには、無数の液晶画面がならび、そのすべてにダウンした軍人の姿が映っている。


 ステージ上、ゲーミング・シートについたプロゲーマーが軽く拳を突き上げる。さらに会場は盛り上がり、ギャラリーたちはヒートアップ。


 プロゲーマーは若い男。短髪のスポーツマン・タイプ。サイクリング・シャツから伸びる腕の筋肉はしなやかに鍛え上げられている。


 比して、対戦相手は高校生。すらりと細く、長身。着崩した制服の胸が大きく開いている。額に垂れる前髪の下は、アンティーク人形のように整った顔立ち。


 ダウンを喰らったにもかかわらず、彼は陶器のような顔貌に小馬鹿にしたような笑みを浮かべていた。

 画面の中で、のそりと立ち上がる軍人。その体力ゲージはすでに二割以下。

 とどめを刺そうと、美姫が猛虎のように襲い掛かる。


 だが……。


 その拳は当たらない。蹴りは空をかすめ、拳打はどどかず。すべての攻撃が空振りに終わる。逆に、鈍重な軍人のパンチは的確に姫の美貌を粉砕してゆく。


 さっきまで劣勢だった軍人。だが、彼の体力ゲージは二割の位置から1ドットも削られない。いっぽう美姫のゲージは、墜落する航空機の高度計のようにぐんぐんと削られてゆく。


「アローの奴、相変わらずだな」

 会場の隅っこでギャラリーしていたブラックジーンズの男性がつぶやく。


 わざと負けてハンデを負い、相手を勢いづけておいて、そこから完膚なきまでに突き放す。相手がプロゲーマーだろうが関係ない。


 それがかつて池袋にあった名店、『ゲームセンター・メガミ』で最強といわれたプレイヤー、アローの戦法だった。


 画面の中で、プロゲーマーの使う美姫が追い詰められていく。さっきまでの勢いはどこへやら。あっという間にゲージを削られて、今や瀕死の状態。その体力ゲージは真っ赤だった。


「あの、すみません」

 横から声をかけられ、ブラックジーンズの男は振り返る。


 相手は高校生の男の子。色白で、背が低く可愛らしい顔立ち。思わず抱きしめたくなるような童顔。真っ白いワイシャツと学生ズボンの対比がまだまだ初々しい。


「あの飛び入り参加の高校生の方を、ご存じなんですか?」

 丁寧にたずねられた。仕方ないのでブラックジーンズの男性は口を開く。

「ああ、知ってるっちゃ、知ってるかな」


「でしたら」

 少年は勢い込んで、身を乗り出す。

「ぼくに紹介しては、いただけないでしょうか」

「ああ、かまわないけど」

 ブラックジーンズの男は目をぱちくりさせ、一応たずねる。


「君は?」

「はい、ぼくは」少年はいちど言葉を切り、ちょっと自慢げな笑顔を咲かせて続けた。「通りすがりの除霊師です」




「すごいですね! プロゲーマーのタケルさんに勝っちゃうなんて!」


 マイクをもった司会のピン芸人がインタビューを求めてきたが、徹矢はうるさそうに手を振って拒否すると、そのままステージを降りた。

 壇上では残されたピン芸人が受け狙いのリアクションで滑っていたが、徹矢は興味なし。


 観客の間をすり抜け、すたすたと壁際に待たせているツレたちのところへ戻る。


「ごめん、待たせた」

 軽く手を上げて謝るが、カフェラテのストローを銜えた女子たちは怒った風もなく「じゃ、行こっか」と笑顔を見せる。ゲーム好きな男子の、子供っぽい趣味につきあってくれた女神さまたちのリアクションだ。


 本日のツレは、ギャル子と委員長と声優ちゃん。鉄オタ子は今日はいない。


「このあと、どこ行く?」

 声優ちゃんが退屈そうに声を発する。キュッと鳴る子供のサンダルみたいに高い声。


 いつも思うが、子供の音が出るサンダルも、声優ちゃんもだ、いったいその音、どこから出てるんだろう。


「おー、アロー。久しぶり」

 みんなで移動を開始しようとしたタイミングで声を掛けられた。踵を返して目を向けると、ちょっと懐かしい顔がそこにある。


「ああ、ウルバリンさん」

 徹矢が手を上げると、夏だというのにブラックデニムのジャンパーを着込んだロックンロールなおっさんが、露骨に顔をしかめる。


「その名前で呼ぶなよ」

「あんただって、俺のことアローって呼んでんじゃんかよ」


 相手は徹矢よりはるかに年上だが、ため口で会話する。小学生のころからの知り合いだから、いまさら敬語はつかえない。


「いや、まあ、そうだけどよ」頭を掻くおっさんは、それでも気を取り直したように後ろにいた少年を引っ張り出した。


「アロー、この子がおまえのこと紹介してくれってさ。おまえいつも、女を取っかえ引っかえだけどさ。驚いたな、男子にもモテるんだな」


「ちげーよ。こいつらは、ただ単に俺の女神さまたちってだけ。つき合ってるわけじゃない」


 否定しつつ、ワイシャツ姿の男子を見下ろす。ここらではあまり見ない制服。

 背が低く、可愛らしい。事実、後ろの女神さまたちが「かわいいー」と声をあげている。


「はじめまして」

 少年はぺこりとお辞儀した。中学生みたいに見えるが、その夏服は高校のものだろう。衿についた校章の中に「髙」の文字が見える。


「ほくは、池波小太と申します。実はアローさんにお願いがあって参りました」


 徹矢は答えなかったが、小太はかまわず続ける。


「プレイすると絶対に死ぬというデス・ゲームを、クリアしてはいただけないでしょうか」


「いやだ」


 この話はここで終わる……はずだった。

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