散りゆく姿が美しい

「桜!近くにこい」


上座で胡坐で過ごし、顔を赤くしている男。近くにはきらびやかな芸者がお酒を注いでいたり、三味線や踊る芸者もいる。派手ではないが、整った装いをした下座で座っていた女が立ち上がり、


「…はい」


通る声で返事をする。回り道をして、座る人の後ろを通り上座へ歩いていく。ここの部屋にいたものは声を小さくし、女の動きを密かに観察していた。女が上座へたどり着き、座る動きさえ、舞っているようで目を奪われる。

男は近くにいた芸者に対して


「下がってよい」


芸者たちは頭を下げ、近くをすぐに離れた。男には見えていないが、呼ばれた女を強く睨みつけて去っていく。桜は顔色を変えず、すぐに頭を下げて


「どうされたのですか?」

「労おうと思ってだな」

「それは光栄にございます」


頭を下げたまま、声色を変えずに答える。


「お前だけだ。華もあり、そして知恵も持つ者は」

「いえいえ。私はまだまだでございます」

「そう謙遜するな。なぁ、お前ら」


殿は周りの者に高らかに問いかける。近くにいた者たちは


「そうでございます」

「謙遜するのもまた良いですね」

「殿が羨ましいですな」

「俺も欲しいな」

「お前には無理だって」


各々の感想を述べ、良い反応ばかりだ。殿はまた酒を浴びるように飲み、口角をさらに上げた。一部の者たち、特に下座の方にいた人や芸者たちが


「なんでアイツばかり」

「聞こえないように言いなよ」

「ムカつくわよね」

「新参者のくせに」


と気に食わないようだ。殿と桜のいる上座に視線が集まっていると、殿は


「桜、俺の近くに来い」

「…はい」


体を小さくしながら、ゆっくりと近づく。殿は桜の手を強く握り、胡坐をかいている場所に桜の体を引き寄せた。桜は賑わった宴会では聞こえない声で


「何するんですか!?」

「よいよい」


桜を上に座らせて、髪を乱さないように撫でる。桜は崩れた服を直していると、殿は腰に手を回す。桜は体を捻って逃げようとしたが、力強くて逃げられない。


「止めてください。私は芸者ではありませんよ」

「なに?俺の下にいるくせに従わないのか?」

「っ分かりました」


桜は殿の冷たい声と睨みつけるような顔。周りの視線を感じてとっさに返事をしていた。桜が素直に返事をしたことに喜んだのか


「この仕事が終われば俺の側室に迎え入れよう。褒美はそれで良いな」

「いえいえ、恐れ多すぎます。私は身分の低いもの。それは殿も知っておりますでしょう?釣り合いません」


桜は顔を怖らばせて、首を振る。殿は先ほどから顔が暗い桜の態度に


「俺が認めたんだ。それとも俺が嫌いなのか?」

「そんなことはございません」

「ならこの仕事が終われば、大奥に入れ」

「承知、いたしました」


桜は軽く頭を下げた。周りは歓声を上げ、お酒を口に流す。殿も近くにあったお酒を飲みほして


「できる限り傷はつけぬようにな」

「…はい。仕事がまだ残っているので戻ってもよろしいですか?」

「ほかの者に任せれば良いだろう?」


桜の腰にまわしていた手に力を入れるが、桜はその手を優しく撫でて


「私が書かなければならない書類がございますので」


真剣な顔で殿を見つめる桜。殿は少し眉をひそめて、唸っているが


「わかった。なら下がってよい。あと少しすれば毎日会えるからな」

「ありがとうございます。では失礼します」


頭を深く下げ、この場を去る桜。

長い廊下を早足で歩き、人の気配を感じない場所まで来ると、庭にある1本の木を見ている。立ち止まっているが、木のある方へ向かう。

賑やかな宴会にいた時とは違って、重たい空気を纏い、白い息を吐く桜。

裸足なんて気にせずに、庭を歩く。

木を触りながら、小さく呟いた。


「出来たら私もあなたの名の通りに散りたい。あんな奴のもとで飼われるなんて嫌!次の仕事では真っ赤に散りたい…」


声を震わせて、涙を流すのでした。

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