第3話 いざとなったら魔法のはずが
「シロ! そっちじゃない、こっちだ」
城に入る。いつもの癖で、別棟の方に向かうと呼び止められた。
振り返ると王族の住まう館を指差す王子。
今、シロって呼んだか? 吉兆の白キツネ様を?
走って逃げてやろうかと思ったが、引きずる右足が痛む。
ふわっと抱きかかえられるのを今は許した。
ぺふ
悔しいので顎を叩いてやった。あはは元気だな、とか言って喜んでるし。
「本当にいるんだな」「光り輝くような毛並み」「シロ様!」
しばらく警戒して王子の居室に閉じこもっていたが、足の痛みがとれて王城の中を探ってみると、自分のことは皆――少なくとも王子の侍従たちには知られていた。
呼び名は多分、いや間違いなく王子のせいだ。まあいい、今は気分がいいから許す。
わーい、人前に出ても話さなくていいからね!
くおんくおん
笑いが漏れる。
激しく損壊した大広間の出入り口は板が張り付き閉ざされている。
向けられた攻撃を弾いただけで王城が半壊するほどの爆発はおかしい。
もしかしたらキツネ化の原因が見つかるかと思ったが……。
床から右の前足を上げて顔に近づける。
肉球が四つプラス
指――肉球は動かないのに、爪を出し入れは自在だ。じゃあ爪で挟み込むようにして……。ペンを思い浮かべながら神経を集中させると筋が釣るぅ、ぴーんとしてたら背後から足音。
「シロ、危ないからこっちにおいで」
抱き上げようとする両手を慌てて
でも逃げながら尻尾で頬をはたいてやった。
安直な呼び名の恨み! そもそも奴が悪い。
勝手に求婚しておいて急に婚約破棄したせいだ。
しかしなぜ? ……それはいい。考えるとモヤモヤする。
誰かに呪われたとかいう陛下は大丈夫かね、城の壊れっぷりに消沈しているかも。
病状が悪化してなければいいが……勝手に謁見してやろうか、今ならできそう。
吉兆の白キツネです! という顔をして私は王の居室に向かった。
くおぉん
頬を擦っていた王子を呼び付けてお供に引き連れ、私たちは廊下を進む。
「災い深い昨今の世相を鑑みるに、語り継がれるものが王国に現れたのは
小難しく、陛下はなんかいいことを言った。いつもの感じである。健在であらせられる。
もう偽物の手紙に騙されないでね。あと、どうやって
魔法さえ使えたら。……あれ、私は何をしようとしているんだっけ。
頭の混乱は不安を呼んだ。絨毯に爪を立てながら必死に思考を巡らす。
ペンを持つ練習が先か……? でも、この手はペンを持つような作りじゃないんよ。
キツネ化の謎を解き明かすのが先だ。手紙見せておくれよ。呪いの手紙だよぉ!
「くおおおん」
試しに言ってみたら、意図せず、親子二人は喜んだ。
「捕縛に失敗したシルベ嬢を術士たちが追っております」
うぎゃあ
改まって報告する王子と、普段の厳めしい顔に戻っていた陛下は、私の叫び声にまた喜ぶ。笑い声が気に食わなかったので、順番に二人とも頬を尻尾でぶってやった。笑い合って喜ぶ親子。
平和な光景だが、眼前に迫った攻撃魔法を思い出すと毛が逆立つ。危なかった、あの時……。
――正確に頭と心臓を狙って斬撃の魔法が放たれた。
もし私じゃなければ、スクロール魔法――魔力をこめた古語を記し、発動条件も付して封じたものを仕込んでおかなければ血まみれの酷い有り様になっていたはずだが? 陛下も
私をぶつ切りにして殺そうとしてたけど? 捕縛に失敗ってどういう意味?
切実な問いかけは虚しく響き、親子を喜ばすだけに終わった。
頼りがいのない奴ら。私は自分の記憶を信じて丁寧に思い返す。
攻撃魔法には、真珠貝みたいな虹色の光沢があった……気もする。
見慣れぬ術が使われていたのか。
王子たちには捕縛するように見えてたの? うん、聞いても無駄だったね。
結局、陛下が笑うのを見るだけに終わった謁見。居室へ戻る廊下。タンタタンタ、と絨毯を踏む軽い足音に、歩速を合わせた王子の音が続く。
冷静になって世相を鑑みると、今の私は
ペンを持てるようになるまで練習を継続する。そして魔法で元に戻る―――当初考えていた方法だが、今は想像しただけで手が釣りそうぅ。
もう一つの方法は、キツネになった原因を探る、ということだ。術士の使った魔法とも関わっている――はっきりさせたい気持ちはあるけど、明らかにしたとしてもキツネ化が直せないかも、ってことだな。
どうしたらいいんだろう。
私が鳴く度に王子は愉快そうに笑う、変な奴。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます