第2話 二度寝は夢見がち

 何かに包まれる温もりの中、耳で風が鳴っている。陽にてのひらをかざす赤みを帯びた闇が砂のように崩れては吹き飛んでゆく。やがて一面が真っ青に変わった――丘を覆っているのは、澄み切った空よりも青い花弁だ。


 森にほど近い花畑に二人きり。奴――アロン王子がこちらを見つめている。


「陛下からも許しを得た」


 知らん、そんなこと言われても困る、嫌です。


「見て、色の深い青玉サフィルはあなたの瞳によく似ている」


 視線から逃れて眼を伏せてるうち、奴は私の手首を握る――許さんぞ。上を向いた私のてのひらにシュルシュルっと金の鎖につながった見覚えのある色合いの石を乗せた。ペンダントにしては小ぶりかなと思ったら額飾りらしい。こもる魔力が王家の品って感じ。


 要りません。お断りします。


「実はほっとしてるんだ、受け取ってもらえて良かった」


 今、無理やり手に乗せたよね?


「お披露目で身に付けてほしい」


 私――シルベ・トレガロンは14歳の誕生日を迎えようとしている。

 引っ張って連れてこられ風景にみとれているうち、重大な約束を交わした形になってる……奴の巧妙な罠だったか。


「繰り返すけれど、よく聞いて」奴は改まった様子。

 渡したいもの渡したんだから手を離せ!


「シルベ嬢、心からあなたのことが……」ゆっくりと胸の内と言葉を確かめている。

 嘘を付いてる感じじゃないのは分かった、でも結構ですって。


「私の心はあなたのものだ。大事なものを全て差し出してもいい」

 気持ちだけ受け取る、ってこともできないんでさくっと丸ごと返すよ。


 では明日に! とか言って花畑から去る奴は、丘の上あたりで振り向いて手を振っている。空と花に境界に立って、やたら明るい顔。


 嬉しそうな笑みに手を振り返しそうになってびくりとしながら留めた。


 言わないとな、もう付きまとわないで、御免ですって。  

 

 でも一言も発することができないまま、王家の品を受け取ってしまった。

 ちゃんと言わなくちゃ! 額飾りを握る拳を宙に突き出して、


 これ返す! 婚約したくないから要らん!


 青と青の境界を見据えて私は叫んだ。奴の姿はもう消えている。

 心のこもる声は丘をのぼる風に巻かれ、高い空に吸い込まれて消え失せた。


 明日の本番、婚約のお披露目で言うしかない。

 人前で注目も浴びながらでも……、絶対に言ってやる。

 言いたいことを言うんだ! 誰のため? 自分自身の未来のために! 腹に力をこめて――

 

 くおぉぉん 


 あれ、発音が変だな。


 くおぉぉん


 婚約したくないですぅ、と言ってるんだが、なんでか動物みたいな声。


「可哀想に、お腹が空いたんだな、もう少しだから」


 太い弦が鳴るみたいな声で気付く、奴だ! 

 ぐるっと視界を巡らすと、王子の顎に爪痕が見えた。そして自分の手を眺める……。


 ぼんやりとした現実に意識が戻りはじめた――二度寝の後のふさりとしたものである。

 眼に見えるのは、傷痕の形状とぴったり一致しそうな鉤爪……。

 一昨日を思い出してうなされるうちになんか暴れちゃった様子。すまんな。


 くおぉぉん


 試しにもう一回言ってみて確かめた。

 やっぱりうまく声が出せない。


「ほら、城がもう近くに見えるだろう」


 あちこち煙でてるけど、まだどっか燃えてない?

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