風雲、急を告げるか? 5
港まで、イリスはラウスとクレア、メフィストと共に行く。ネネと肩掛け鞄を受け取った後に。
「メフィストを置いていく。こき使って良いぞ」
「そんな、殺生な!」
ラウスが言う。イリスは頷いた。話し合って決めていたとおりに。泣き言を、メフィストがもらす。二人揃って、無視した。すでに、くつろいでいる様子に。
「命令を無視するなら、これを使って」
「ありがとうございます」
突然、広げた物を片付けて、メフィストは村に駆けていった。視界の端で捉えた、ラウスが布袋差し出す。覗いた、イリスは感謝した。
「行ってくるわね」
「イリヤに、よろしく」
「イリヤ……」
クレアが言う。嫌そうなのが、顔だけでなく態度からも伝わった。イリスが返す。つぶやきを聞き取った。振り返っても、誰もいない。
出た船が小さくなるまで、イリスは見送る。
「ねえ、ねえ。何をもらったの?」
聞こえてきたネネの声に、我に返る。イリスは肩掛け鞄に載る闇猫を見おろす。布の手提げ鞄の中を見ていて、わざわざ訊いてきた。
「これだよ」
向かい合わせの二本の持ち手のうち、一本の持ち手を離す。開いた鞄の中から、左手で掴み出す。片手で包めてしまう大きさなのに、ひとつずつ、真空包装された。赤い果実だ。
禁断の果実について、数多くの噂や伝承が広がっているが。事実は、人間にとっては、精力剤に過ぎない。
「わあ」
右腕に掛かる重み。伝う、生暖かい感触。移ってきた、ネネがよだれを大量にたらしていた。
「持っている、情報との交換だよ」
「う~。あっ! メフィストさまの分身だから、光の中でも平気なの!!」
無料ではやらないと、イリスは伝えた。ネネはうなる。船上での問いに答えた。
メフィストの分身なら、ひとつだけなら良いか。イリスは思う。
「少しずつだからね」
イリスが忠告する。ネネが何度も頷く。本来、果実のひとつでも多すぎるのだ。
ネネのまなざしに急かされる。イリスは封を開けて、果実の小指の先ほどを切り出す。実体化させた、刃物で。甘く、誘うような香りが立ち込める。刃物を消して、欠片を食べさせた。
「おいし~い!」
夢見心地という、ネネの声。イリスも果実に見入る。水音に我に返った。左手を遠ざける。献上された果実を、キセラが娘に渡さない理由。クレアは食べてしまう可能性が高いからだ。好奇心もあって。
左手に衝撃。失ったと想像させる。高々と上がる、赤い果実。水しぶきを上げて、垂直に飛んで、食べた生き物。
「海の王者……」
イリスは茫然自失。コンクリートで固められた岸の上。間近で、海の王者が現れる訳がない。向きを変えて、飛び込む。再び、水しぶきが掛かった。つられて、視線を下げる。自分たちが立つ以外の場所が、海に変わっていた。
目の辺りだけ出す。海の王者が話し掛けてきている。読んだ、イリスは下腹に手を当てる。全身が深紫色と緑色に包まれた。
【情報料を払う】
人智を超える力が訳した。海の王者から、もたらされた情報。フラフラと、イリスは後ろに下がる。カクッ、と、膝が曲がった。尻餅をつく。酸素を求めて、口を開いた。
水が掛かって、ネネが大騒ぎする。どこか、遠くでの出来事に聞こえた。頭が働かない。事実を受け止めきれない。下腹から順に、震えが出る。全身に回り、意思では止まらない。
【貴重な……情報を……ありがとう……ございます】
鈍いながらも、頭が働き出す。お礼を言わなければ、の一心で。イリスは感謝した。
【なーに。これ以上、海を汚されるのが、嫌だっただけさ】
感謝するには、及ばない。海の王者が言う。あくまで、自分が住まう海のためにやったこと。
【また、来る】
一言、挨拶して、海の王者は潜った。周りが元の通りに戻る。
禁断の果実の事実。人外の不思議な力の持ち主にとっては、己の力が強くなる物。
ただ、原産の世界は、結界に包まれていて入れない。人間から奪えば、退治する口実を与えてしまう。神々に人間が捧げる献上品。願い事を叶えてもらうために。それが下げ渡されるのを待つしかない。
「戻ろうか?」
「うん」
平静になった、イリスが提案する。相棒がいるから、大丈夫。ネネが頷く。濡れても、日差しが強いので、乾いてしまった。
【ねえ、ねえ。ぼくらにも、果実ちょうだい!】
「メフィスト~!!」
歩き出した後ろで、大量の水音が立つ。怖くなった、イリスとネネは呼ぶ。管理を、メフィストに任せた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます