風雲、急を告げるか? 3

「グロシュライト、頼まれてくれるか?」


「はい」


 表情を引き締める。イリスは切り出した。グロシュライトの承諾。聞いて、肩掛け鞄から布袋を取り出す。さっきのお駄賃が入った。手渡して、内容を伝える。緑色の衣が消えた。


「イリスさん。そろそろ、良いかい?」


「はい!」


「へ? そこから行くの?」


 呼ぶ、ラウスの声。返事した、イリスは枝振りを確認する。行けそうだと読む。慌てた、ネネは肩掛け鞄に移る。


 イリスは足元の枝を蹴る。少し先の枝を、両手で掴む。足で反動をつけながら、少し先の枝を左右の手で交互に掴んでいく。


 支えるには、難しい小枝。足下の景色を覗く。イリスは飛び降りた。ネネは鞄から降りる。


 足元で、ネネが毛を逆立てる。うなり声を上げた。イリスは視界の端で捉える。隠れて様子を伺っていた人が、建物の後ろに身を引くのを。闇猫は、闇に落ちた人間に反応する。中々、やめないため、複数いると読む。


 しゃがんだ、イリスは優しく声を掛ける。ネネの背中を撫でて、落ち着かせた。立ち上がり、パンパンと手をたたく。埃を払う。肩掛け鞄から、丈の短い上着を取り出す。羽織って、袖を通した。


 ざっと、イリスは見渡す。背後の木々に沿って、高床式の木造の家が輪状に並ぶ。生い茂る、葉々の隙間。年下の子どもたちの顔が見え隠れする。家にいるように、言われていたのだろうが。子どもたちなりに、客を見極めようとしていると推測した。


 切れ目となる、村の出入り口。背を向けた、イリスは歩き出す。ネネは少し、後ろから。正面にいる、ラウスとクレアの方へ。


 クレアの少し離れた、右側。背の高い黒髪の子どもと、背の低い黄褐色の髪の子どもが並んで立つ。自分と同じ歳くらいの男の子と予想する。戦闘の訓練は、受けていそうだ。


 ラウスの一人分、離れた左側。白い短い髪の男。父と同じ歳くらいと予想する。見極めようとする、相手の赤い目を見返す。イリスの挑戦的なまなざし。彼は面白そうという顔をする。


「さて、誰と手合わせさせるかな」


 口元に軽く握った手を当てて、男がつぶやく。同席させた、二人の子どもが主張する。人差し指を立てた手を、自分の胸に当てて。


「え~。ホルンくん。ボクと手合わせする前に、話に出た。預かってもらう、娘だよ」


「!」


 気づいてないな。察した、ラウスが教える。ホルンは交互に見て、口をパクパクと開閉させる。


「世も末」


「ぬあ~~~!!」


「キース、タジク」


 率直な、二人の感想。ホルンがたしなめるように、名前を呼んだ。


「身を守るために、男装しているんだ」


「……」


 もっとも、効果があったと、ラウスは明かす。遠巻きにする人たちはいた。名前がイリスだからだ。でも、あれは男だと言い合って、去っていった。


「ここじゃ、イリスは雷の神さまの名前だ。男のね」


 出身が異なるラウスとクレアに、ホルンが教える。名前にも効果があったか、測れないが。イリスは雷の神さまに感謝した。


「娘は、やらないわよ」


「……」


 クレアがイリスを抱き寄せる。キースとタジクが言葉に詰まる。交互に見比べて、妄想したことを見透かされた。


「大丈夫だよ、ネネがいるし」


 かがんだ、イリスはネネを抱き上げる。闇猫は背を丸めて、飛び掛かる体勢だった。少し、遅ければ、二人を引っ掻いていた。


「それに、島の外を見て、危機感を抱かない人に、興味がないから」


「行くぞ! キース!」


「おう!」


 イリスとネネが揃って、冷たいまなざし。向けられた、タジクとキース。カチン、ときて、大樹の方に走っていった。


「ようこそ、子どもたちの楽園へ。俺が私設武闘団エンリュウの団長……」


「ホルン! きっさま! 国の金を使い込みおって!」

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