風雲、急を告げるか? 2
「うわあ!」
イリスは歓声を上げる。胸を弾ませた。視線は大樹に向ける。捉えたまま、離さない。
人間より長く生きてきたと思わせる、幹の太さ。島をわしづかみにする、根の張り方。高さはないが、横広がりの枝葉。転ぶなよ、との声を聞き流す。
「許可を取っておいて!」
分岐点。まっすぐ行けば、私設武闘団の本拠地に着く。真っ先に、団長に挨拶するのが筋だが。イリスは我慢できなかった。両親に言い置いて、道を外れる。肩掛け鞄を後ろに回す。ネネが追いかけた。
「いや~ん。濡れるぅ」
小道もむき出しの地面。所々、でこぼこで、ぬかるんでいる。ネネが悲鳴を上げた。イリスが足を取られる。瞬間、闇猫は脇の低木を伝い、鞄に飛び乗った。
「ねえ! 先に、挨拶しなくていいの?」
「ん~」
「叱られちゃうよ」
「そこに、木が生えていれば、登りたくならない?」
「なる~」
根のうねり、幹の状態、枝の伸び方。登るのに、適していた。
イリスは間近に着く。一番下の枝を掴む。根に足を掛ける。体を引き上げた。上の枝を掴む。幹の出っ張りに足を掛けて、体を引き上げようとする。足を滑らせる。冷やりとした。足を掛け直す。同じ要領で、登っていく。
肩掛け鞄から移り、ネネも幹を登っていく。
体と鞄を支えられる枝に、両足を乗せて立つ。幹に手をつく。ネネが追いつく。イリスは闇猫と一緒に、島の外に目を向けた。
「!」
青い海。緑の島が点在している。風光明媚だ。右奥に、人工物が見える。仕方なくても、宇宙港の設備が景色を損なう。惜しい気がした。
右隣に視線を向ける。ドキッ、とした。イリスの息が止まる。高く掲げられた、黒い旗。白抜きで、不思議な模様が描かれている。頭をかすめた、ひとつの考え。
「グロシュライト」
呼吸を戻しながら、イリスは名を呼ぶ。幹を挟んだ、反対側。緑色の衣が見える。グロシュライトが現れた。ネネが緊張して、かしこまる。
「私設武闘団は、ひとつじゃないんだね」
「はい」
細く長く息を吐き、吸う。イリスの脈は速いまま、問いかける。グロシュライトの返事で、考えが正しいことが判った。ラウスが呼ばれた理由。期待されていることにも、想像がつく。でも……。
「教えてくれる?」
「はい。右隣の島は、最大の私設武闘団イッカクジュウです。団長は……事情があって、シロンの愛称で呼ばせている方です。彼らが仕切って宇宙港を守っています」
情報収集するために、イリスは頼む。グロシュライトは大地を司る力を持つ。大地──惑星に刻まれた記録を読める。先入観が少なく、正確な情報を得られる。
「敵に回すと?」
「痛いですねぇ。政府と太いつながりがありますし。政府は自前の軍よりも、彼らの能力を当てにしています」
いざ、戦いになったら。想定して、イリスは訊く。グロシュライトが遠回しの表現で答える。負けは確実と読み取った。戦いを避けるのが賢明。
「左は?」
「今は、誰も住んでいません」
左隣の島を見る。船で通った時も、建物も人影もなかったが。念のため、イリスは訊く。争いを避けるために。グロシュライトの答え。事情があって、離れたと理解した。
正面に視線を向け直す。イリスは目をこらす。木々の間に見える旗。模様が描かれているのは判る。種類は判らない。各島に、ひとつの私設武闘団があるとしたら。彼らが島ごときで、満足していられるか。
今居る島の通り名。均衡を保っていられるのは、なぜか。視界の右端に映る、黒い旗。イリスは納得して、笑いがこみ上げる。
「どうしたの?」
「何でもな~い」
心配になった、ネネが仰ぎ見て訊く。イリスはかぶりを振った。
笑いの作用に気づく。自覚していなかった、不安を解消できる。そろそろ、保ってはいられまいと思えた。
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