風雲、急を告げるか? 1

 空と海の境界をなくす、青さ。恒星ラーズの白い輝きが、上下を知らせる。代わり映えのない景色に彩りを添えた。さざ波の海面を、白い船が割っていく。


 甲板に出た、ひときわ小さな姿。淡い橙白色の肌に、黒の短い髪。黒のノースリーブのシャツから伸びる腕には、程よい筋肉がつく。細くも太くもない適切な幅の黒のパンツ。履いている黒のショートブーツは、ゴツくて底が厚い。


「ん~。良い風」


 吹く風が、髪をかきあげて乱す。本人に気にする様子はなく、目を細めた。透明な低い声。手をひさしのように掲げて、前方に目をこらす。


 視界に入る、ポツンとした物。ペンで点を打った大きさ。島と見極める。振り返って、呼ぶ。


「ラウスさん、クレアさん、ネネちゃん。島が見えてきた」


「あ~。本当だ」


 呼ばれて、甲板に出てきた。ラウスも手をひさしのようにかざして、舳先が向く方に目をこらす。認めた声には、やっと、との思いがこもっていた。


「え~? どこ? イリスさんもラウスさんも、目が良いのね。わたくしには見えやしない」


 クレアと彼女が抱える、黒い毛の小さな動物が不満をもらす。


「逆に、訊きたい。何で、見えないの?」


 イリスが訊き返す。揃って、膨れっ面。ブー、ブー、言った。


 メフィストが自分の代わりに、闇猫を置いていった。当の本人は、豪華客船で移動中。そろそろ、借りた小型船に乗り換えている頃と思われた。


 闇猫は、クレアになつく。ネネと名付けて、かわいがっている。


「そういえば、闇猫なのに、光の下でも大丈夫なのは、なぜ?」


「それはねぇ」


 やっと、妙だと気づく。イリスは訊いた。勢い込んで、ネネは話そうとした。


「おーい! 坊主! 手伝ってくれるか?」


「はい!」


 ゴツイ体つきの船員に呼ばれる。イリスは返事をした。私設武闘団に入りたいなら、船の仕事ができて一人前と教えられた。出港前から手伝っている。


「また、後でね」


「ブーッ!」


 言い置いたイリスが、船員の方に走っていく。不満そうに、ネネが鳴いた。クレアが苦く笑う。当の本人は、気にした様子はないが。


 先の事件の後。帰ってきた、クレアの母キセラにも相談した。事態の深刻さとメフィストを見て、提案された。身を隠すのに、都合の良い場所を。そんなに簡単に、領域に入っても良いのか。思いがあったが、最良ではあるので乗る。


 領域で修行を積んで帰ってきた。自分の命は、自分で守れるように。いにしえの存在の忠告どおり、親は娘の自主性に任せている。


 高さのある島に見えていた。近くに宇宙港がある。空に向かって伸びる、レールに見間違えた。近づくにつれて、大樹が一本、生えていると知る。枝葉が木陰を作って、昼寝をするには良さそうな。


「そろそろ」


 船員に呼ばれる。イリスもラウスも指示とおりに動く。船は手前の島の脇を通り抜ける。港に近づくにつれて、忙しくなった。船が止まった後も、やるべき事が多い。私設武闘団への物質も運んできているからだ。指定の場所まで、運ぶ必要があった。


「ほらよ、お駄賃だ。大事に使いな」


「ありがとうございます!」


「こっちこそ、助かった。ありがとな!」


 振り返った、船員の一言。放られた、布袋。慌てて、イリスは手を伸ばす。立った音と重さで、硬貨と判る。感謝の言葉はあったが。仲間に突っつかれなければ、自分の懐に入れていたと思われた。


 巻きついていた紐をほどき、巾着の口を開く。子どもへの小遣いにしては、気前が良い。


「生活拠点を、こちらに置かないと判っているみたいだな」


 覗き込んだ、ラウスが言う。イリスは納得した。親への報酬が含まれている。クレアは声援しかしていなかったが。


 袋の口を閉じて、紐を巻きつける。開いた、黒の肩掛け鞄に仕舞う。鞄の蓋を閉じた。


 次の島に向かう、船員と別れる。イリスたちは島内へ。

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