風雲前夜 6

 我に返り、混合部隊は半分の銃を振り下ろす。ラウスは二本の棒で動きを止めた。


「いいのか?」


 一対多数の混戦に気づいた、オルネリアンが訊く。手で差し示して。


「ええ。ああ見えて、彼は強いですから。このわたしが降参するくらい」


「ええっ!!」


「決着したなら、手伝い寄越せ!」


 早速、果実を食べながら、メフィストが答える。オルネリアンが驚く。聞きつけた、ラウスが要求する。


「忘れていました。支配権を切り替えます」


 メフィストが手を動かす。左から右へ。食べかけの果実を持ったまま。景色が一変する。


 混合部隊の動きが止まる。目と口を大きく開いて、辺りを見回した。建物は壊れていない。メフィストにより、幻を見せられていた。


「ご無事ですか~?」


 駆けつけてきた、ラウスたちの仲間。武器に傷はないと知った。混合部隊はおとなしく捕まる。ラウスは彼らに任せた。


 グロシュライトが姿を現す。艶のある茶褐色の肌に、緑色の長い髪が掛かる。緑色で統一された、裾の長い服。長い袖を開く。イリスが外に出た。


 あくびして、目をこする。イリスは歩く。膝をついて待つ、ラウスの方へ。脇を通り抜ける。途中で止まった。かくかくと、頭が上下する。戻ってきた。


 イリスを両手を伸ばす。ラウスに抱き上げてもらう。服を掴み、引っ張った。


「大丈夫。ボクも同じ考えだ。警告しておくよ」


 ラウスからの返事。安心したイリスは、眠りに落ちた。


 ラウスはイリスを抱え直して、歩み寄る。クレアは上体を起こしていた。


「手を貸して」


 クレアの甘える声。目は油断なく探る。手を掴んで、引き倒してやろうという気が満々だった。娘が起きようが、ケガをしようが。どうでも良かった。取り戻した後、病院に連れて行けば良いくらいの考えでしかなかった。


 クレアの不満は、ラウスが自分の盾になってくれなかったところにある。敵が妻の前に現れた時。夫なら、妻の元に駆けつけるべきだった。娘を地面に落とせば、グロシュライトが預かってくれる。ケガをせずに済んだ。無茶と判っている。


 ため息を押し殺す。ラウスは手を差し述べる。クレアが考えていそうなことが想像がついた。起こりえないことも。優しさではなく、連絡がくると読んでいた。


 互いの手が伸びる。もう少しで、指先が触れるという時、鳴る電子音。不安をかきたてる曲。他と区別するために選んだ。一族からの通信。ピキッ、と、クレアが固まった。ラウスは声を立てずに笑う。娘と同じ表情を浮かべたのを見て。


 震える手で、クレアはポケットから取り出す。板の形をした、携帯端末を。自分では画面を見られず。ラウスに差し出した。


「読んで」


「時候の挨拶は省くぞ。先日も申し上げましたとおり。あなた方のご息女のイリスさんを、あたくしたちに預ける気になれませんでしょうか? 一度、シルフィア……」


 頼まれた、ラウスは受け取る。携帯端末を操作して、読み上げた。途中でやめる。クレアの目が細められた。


「グロシュライト」


 緊急事態なので、ラウスが呼ぶ。間髪入れず、グロシュライトが現れる。イリスの耳をふさいだ。始まる、クレアの罵詈雑言。


 通信の主。他人からは、慈母と評される。自分の子、他人の子を分け隔てなく、愛情を注ぐからだ。困っている親たちを放っておかない。世話好きなのだ。だから、見落としてしまう。条件があるのを。


 肩で呼吸を繰り返す。クレアから悪口が出てこなくなった。たまっていた、うっぷんも晴れたと思われる。すっきりした顔をしていた。ラウスは目だけで伝える。グロシュライトは後ろに下がった。


「わたくしは、感情的に拒否したいけど。あなたは、別のことを考えていそうね」


「ボクは疑っているのさ。意図的に、秘密結社に情報を流しているって」

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