風雲前夜 4

 メフィストが飛ぶ。高層の建物の屋上より上に。自然に、ラウスの左手が上がる。疑問を持つ。鎖が実体化していると知った。意図に気づいて、鎖を掴んで引く。落ちる速度を上げて、打撃力に加速力を加える。ギリギリで、オルレアはよけた。


 向きを変えて、オルレアは逃げる。建物の壁を足場にして走った。メフィストは追いかける。イリスを抱いたまま、ラウスが鎖を引いて、攻撃を仕掛けさせた。


 オルレアは心頭に発する。冷静な部分もありそうだ。ラウスは読む。時機を見計らうのは、向こうも同じ。一気に、決めにくる。


 互いに、打ち合い、メフィストが体勢を崩す。落下した。オルレアが建物の壁を蹴って、宙へ。深紅色の光を放つ。見る間に、大きくなった。町を呑む。


 一瞬にして、消える光。わずかながら、時間差はあった。空に近い方の白い煙が晴れる。視界に入る、すべての建物が壊れていた。間近で立つ、割れる音。


「契約を断ち切ってやったぞ」


 地に近い白い煙が風に流される。現れた、膝をつくオルレア。実体化させた剣の柄を両手で握る。立てた剣の切っ先。鎖を割り、舗装された地面に刺さっていた。


 契約を示す鎖は、無効となる。鎖は形を失い、端から順に消えていく。オルレアがメフィストを下がらせようとしているのが明らかだった。


「あれ?」


 突如として、発した痛み。ラウスは膝をつく。左腕を掴んだ。地面に足をついた、イリスが首をかしげる。


「あ~あ。こちらには、こちらの都合というものがあるんですけどねぇ。特異な契約で、結び直すのが大変なんですよぉ」


 消えていく鎖の傍ら、メフィストは膝をつく。残念そうにも、面倒そうにも聞こえる声。表情は、楽しげだった。


「自ら、結んだのか?」


「はい~。わたしが居合わせていながら、彼の左手を失わせてしまったのです。仲間をかばうと判っていても、動けませんでした」


 不審そうに、オルレアは訊く。メフィストは認めた。とうとうと理由を語る。


「彼は、わたしの申し出を断りましたよ。今は、良い義手がある。力の源たる主の思考で安定性に欠ける物は、付けたくない、と。代わりに、護衛を申し出たのです」


「判った。判った」


 説明を続ける、メフィスト。オルレアは胸の前で両手を挙げて、止めようとする。


「今のまま帰ったら、仲間の笑い物になるだけですから」


「退く気はないと言いたいのだろう?」


「ご理解いただけて、光栄です」


 最後まで、メフィストは話し続けた。あきれて、オルレアが解した意味を伝える。満面の笑みで頷いた。


「では、ここからは、お互い、全力で」


「うむ」


 揃って、上空へ。メフィストの体が黒い光に包まれる。オルレアは深紅色に。ぶつかり合い、火花が散った。


「秘密結社内で、自称序列二位。勝っても負けても、後々、面倒な事になる。執着心が強すぎる」


「……策は?」


 イリスが耳打ちする。一瞬、ラウスはメフィストのことを心配してしまった。今は、彼のことを気遣っている場合じゃない。解決方法を訊いた。


「あるけど、うまくいくか、自信がない」


「やってみて失敗したら、次の策を試せば良い」


「うん!」


 イリスがうつむく。ラウスが背中を押してやる。顔を上げて、娘は笑顔で頷いた。立ち上がって、父は見送る。一メートルの距離。


 離れた、イリスは下腹に両手を当てる。ささやき掛けた。砂粒くらいの光が点る。一気に、広がり、全身が深紫色の光に包まれた。


「主直轄の警護隊隊長の声が聞こえるか? 副隊長オルネリアン! あなたの獲物が、ここにいるぞ!!」


 イリスは叫ぶ。賭に出た。人智を超える力を声に載せて、異なる世界にいるオルネリアンに届ける。声が届くか、彼が自分を隊長と認めているかにかかっている。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る