風雲前夜 3

 抱える腕が押し返される。ラウスはイリスの顔を覗く。標的が自分と理解できているはずの。見極めて、分析するまなざし。人智を超える力を持つ存在について、娘の方が詳しい。勝つ秘策を出してきそうな、頼もしさを感じた。任せよう。


 ピクッ、と、イリスが反応する。ラウスは仰ぎ見る。現れた存在が、深紅色の光を収めた。敵の本拠地がある、ティウス系惑星ティセティエンの種族と判る容姿だった。


 白い肌に掛かる、艶のある白い髪。羽織って前で重ね合わせた服の色も、まとう光と同じ深紅。真夜中を思わせる青色の幅の広い飾り紐で、高めの位置で結ぶ。


 下げられた、視線。捉えた、一瞬。口角が上がる。姿が消える。間近で、気配が動く。


 察知したクレアは、後ろに飛ぶ。が、オルレアの足の爪先がみぞおちを突く。一直線に飛ばされた。地面に接して転がる。うつ伏せで止まる。動かなかった。


 イリスの息が止まる。口を開くが、酸素が入ってこない気がした。同時に、思い出す。オルレアが厄介なことを。浮かび上がることなく、グロシュライトが無事を伝える。呼吸が再開した。


 興味深そうに観察する、オルレア。すぐに、興味を失い、顔だけ向ける。人間離れした、美しさ。整った顔立ちというだけではない。人間として、重要なものが欠けたからこそ、生まれた美しさ。


 駒が恐れていない様子に、しばたたく。オルレアは笑みをこぼす。脳裏に浮かぶ、組織が抱える駒。性格が強ければ、充分に対抗できる。ただし、自分の指示の下で、だ。


 視界が遮られる。闇色に染まった。黒の服に掛かる、黒の長い髪。


「来てくれたか」


 さすがに、ラウスも安堵した。力は未知数だが。


「は~じめまして、オルレアさま。メフィストと申します。以後、お見知りおきを」


 軽い挨拶。丁寧に名乗り、深々とお辞儀をする。合図してきた。後ろに回した手で。


「フッ。召喚できたのか」


 オルレアは薄く笑う。見直したとでも言うような。正面に向き直る。


「忠犬としては、ご主人さまの危機に、真っ先に馳せ参じるのが務めにござります」


 軽やかに、近づいていく。あっけに取られて、ラウスは見送った。我に返って、合図を出す。


 建物の外にいる人たちが、中に入る。できる限り、離れるはずだが。存在が敵では、あまり意味がない。


 ズルズル。引きずる音。メフィストの右手首。幅広の黒い腕輪をはめている。装飾品ではない証拠に、太い鎖が付いている。


「ああ。人間に使役されているのか。かわいそうに」


 オルレアは同情する。地面を這う鎖の先に、目を向けて。ラウスの左手首とつながっていた。


「手合わせしていただけますよねぇ」


「ああ。勝ったら、駒をいただくぞ」


「どうぞ。わたしが勝ったら、報告させていただきますから」


 双方、向き合う。髪を後ろで結んだ、メフィストは頼む。両手のひらを交差させて重ね合わせて、卑屈な笑みを浮かべて。オルレアは確実に手に入る方を選ぶ。メフィストは妙な事を取り引き材料とした。


 互いに、拳を作り、殴り合う。すぐに、オルレアは気づく。まとった深紅色の光──人智を超える力が消えるのを。


「無効化! 貴様は、闇の眷属かっ!?」


「はい。末席ですが。闇を司るダークコアさまに仕えております」


 険しい顔をして、オルレアは叫ぶ。丁寧に、地位と職をメフィストは明かす。


 オルレアは先ほどの条件の意図を察する。ダークコアに報告して、駒を操らせない。

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