風雲前夜 1

 澄んだ青い空。恒星ラーズが白く輝く。惑星プレーティンの万物に恵みを与えてくれる、光と熱の貴重な源だ。ただ、大陸の南に当たる国。同じ恒星と思えぬほど、強く照らす。焼きつけるように、暑い。吹く風は、カラッとしていた。


 恒星ラーズの光さえ届かぬ。高層の建物が並ぶ谷間。影の中を走る、小さな集まり。一区画離れた位置にも、小さな集まり。同じ方向に進んでいた。足音と息遣いだけが響く。


 先を行く、集まりの先頭。きっちりと黒髪をまとめた人。艶のある淡い橙白色の肌を包む、黒い服。戦闘に向いていそうな形だが。武器は持っていない。代わりに、子どもを抱えていた。


 しっかり、親にしがみついている。子どもは親と同じ格好。服のせいか、妙に落ち着いた顔。時々、自分に向かって飛んでくる物。変わった音を立て、左右どちらかの建物の一部を削る。大人に当たり、赤い血が流れたのに。


 そろっ、と、子どもは顔を覗かせる。そっと、顔を伏せた。どう見ても、狩り。自分たちは、獲物。向こうは、狩人。死力を出して、強者を打ち負かさなければ、生き残れない。


 周りの大人たちが、少しばかり浮き足立っている。後ろから来る者たちが、消音器付きの銃を持つ。撃ってきた弾が、体のどこかに当たる。速度が落ちる理由で、離脱していった仲間。正常に撃てる事自体が、冷静さを欠かせていた。


 だからこそ。抱えられた子どもは、深い呼吸を繰り返す。脈動は強いまま。冷徹なまなざしを向ける。弱者には、弱者なりの戦い方がある。親の肩越し。囲うように走る男女の間。見え隠れする、人間と人外が集まった敵。ただ、分断するなら、簡単だったが。やめておく。一部でも逃せば、数を増やして攻めてくる。


 今走っている辺りの地図を、子どもは思い浮かべる。敵なら、どうするか。幾つか、挙がる候補。可能性が高い、ひとつに絞り込む。


「ラウスさん」


「なんだい? イリスさん」


 抱えられた子どものイリスは、右手を挙げて招く。やや後ろを走っていた、ラウスが近づく。抱える母親は、視線を下げた。沈黙を守る。周囲を見渡した。


 イリスは自分が立てた作戦を伝える。ラウスが幾つか、質問。答えを聞いて、思案する。やり取りから、決断するまで十秒。


「採用する。ただし、指揮は、僕が執る。いいね?」


「うん」


 ラウスは伝える。イリスは頷く。母親の後ろに回り、合図を出す。建物の角を曲がるたびに、一人ずつ減っていった。


「グロシュライト」


「はい」


 舗装された地面に、イリスは視線を向ける。呼び掛けた。ややあって、肌がざわめく。浮かび上がる気配。一部が緑色に染まる。グロシュライトは姿を見せず。声のみで返事をした。


「頼みたいことが……」


「承知しております。行って参ります」


 イリスの言葉を遮る。色が薄れていく。気配が遠ざかる。グロシュライトは沈んで、移動した。


 思わず、足を止めた。視界が広がる。イリスの頭の上で、発せられる舌打ちの音。母親の下顎を仰ぎ見た後。自分の肩越しに後ろを見る。


 広場と思い違いしたが。乗り物の行き先を変える場所。銃を構える者たちが、指示書きの白線を踏んでいた。待ち伏せしていた方も、人間と人外の混合部隊。意図的に追い込まれて、挟み撃ちにされた。


「神々の駒の子どもを置いていけ。こちらで、教育し直してやる」


 部隊の真ん中。人間の男が要求を突きつける。周りの者たちが下卑た笑い声を上げた。

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