プロローグ 割れた皿 2

「自分で確かめた方が良いよ」


 ナオは薦める。泉は不安になったとき。気に入った触感の良い物に触れて、安心しようとしているのを知っていた。曲げた肘に掛けている、バスケットにも触れ始めた。


「うん」


 頷いた泉が、確かめる。両手でぬいぐるみを抱えた、亜理紗も。ナオ自身は、虹の目を覗く。事態が深刻かもしれないと思った。


「息をしていたねぇ」


「自分の世界に入り込んでいるんだね」


 少しばかり、泉が安堵する。ナオが予想を話す。


「どうする?」


「一通り、試してみたんだよね?」


「うん」


「私たちも、試す?」


「うん」


 亜理紗が訊く。ナオが確認する。亜理紗が頷いた。泉の当てにならないという顔。ナオの提案に、泉が頷く。


 虹の目の前で、手を振ってみる。指を鳴らしてみる。彼女の後ろで、手を叩く。名を呼びながら、肩を掴んで揺さぶってみる。バスケットから、ウサギが飛び出す。どれも反応がなかった。


「シャラちゃんは?」


 泉が訊く。木箱に前足を置く、ハリネズミに。仰ぎ見て、かぶりを振った。淡い紫色の毛だけでなく、姿も薄くなってきている。


「どうしたものか」


 ナオは悩みを声に出す。亜理紗も泉も同じ思いだった。


 軽い羽ばたきの音。源に視線を向ける。天井付近を、スズメが飛んでいた。虹が持つ皿の縁に捕まる。さえずり出した。


「わあ!」


 虹が声を上げる。我に返った瞬間、皿を落とす。スズメが飛んで逃げる。テーブルに当たって、皿が割れた。


「あ~あ。気に入っていたのに」


 思わず、上げた。虹のなげく声。ハリネズミのシャラが腕を伝って登る。両前足で、ポカポカと叩いて怒る。棚の隙間に収まった、スズメが抗議の鳴き声を上げた。


「ごめん、ごめん。自分に向けて、言っただけだから」


 気づいた、虹が謝る。亜理紗が熊のぬいぐるみを、泉が鏡を放る。左右から抱きついた。ナオと鴇色のリスが、ぬいぐるみと鏡を受け止めた。


 問いかけるように、虹が見る。ナオが教えた。


「三十分以上!?」


 虹の感覚では、一瞬。そんなにも時間が経っていたとは。でも、時の流れの違いに、覚えはあった。


「原因、判っているのでしょう?


「……」


 ナオに訊かれる。虹は言葉に詰まった。


「彼のおかげで、記憶が戻ったんだけど。他人事であって欲しい思いのせいで、自分のものにできない。今のままで……」


「赤ん坊の時代まで遡って、帰って来られなくなっても?」


 虹は打ち明ける。追い詰めると判っていて、ナオは危惧していることを伝えた。


「人騒がせなっ! 己の過去と向き合えぬ者が、隊長を名乗るではないわ」


 離れた、亜理紗が畳み掛ける。遠い過去の一部が表に出た。彼女の中で、収まるべき所を探して漂っている。


「……」


 虹は絶句した。が、主のルビアメラルダの一部に、救われた気持ちにもなる。怯んだ心に、活を入れてくれた。


 見て取った、泉も手を離す。スマートフォンを取り出して操作する。


「金継ぎと言って、お皿を直す方法があるの。あたしたちが金で繕ってあげる」


「ありがとう」


 バスケットから顔を覗かせた、ウサギと共に。画面を見せて、泉は必死に伝えた。虹が軽く笑む。


 呼び鈴が鳴り、亜理紗が玄関に向かう。


「幸い、今日は女の子たちだけで、パジャマパーティー。皆が支えてくれる」


「そうだね」


 一人で立ち向かわせない。ナオが伝える。虹が頷いた。


 ひと部屋に集まるには、少しばかり多い人数。思い思いの姿勢で、耳を傾ける。皆を見渡して、虹は話し出す。


「私は、昔。私設武闘団サソリに所属していた。当時からの仲間は、解散するまで。たとえれば、割られた皿を、金継ぎ無しで、皿の形を保とうとしていた」


 虹は話を区切る。震え出した体。泉と亜理紗が手をつなぐ。ナオが頷いた。ハリネズミもウサギ、スズメも、リスたちも。


「今から話すのは、私が転生する前、ロゼウスタ・エルミレア・イリスと名乗っていた頃の話」

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