完結・青天の羽~羽を失った人間と、羽を持つ人間の争い。羽に魅入られた人間が事件を起こす。羽に罪はない。
奈音こと楠本ナオ(くすもと なお)
プロローグ 割れた皿 1
天宮 虹(あまみや こう)は手を伸ばす。食卓の上に載る木箱の中。皿を掴んで取り出す。薄い作り。落とさないように、両手で持つ。
皿は主菜と付け合わせを載せられる、万能の大きさ。赤や紺、金色を使い、草花が描かれる。大きく余白を取って。
吸い込まれるような白。ザーッ。音を立てて、流れ出す。断片的な光景。ひとコマ、ひとコマ。映る光景の中の人たちは動く。見慣れた景色と登場人物。話をする声は聞こえても、何を言っているのか聞き取れない。
虹は判っている。自分の記憶の断片だ、と。でも、はっきり見たい、聞きたいと望んでも叶わない。何度、試してもできなかった。
知りたくて、知りたくないのだ。心の痛みを伴う。でも、手を伸ばさずにいられない。
本田 亜理紗(ほんだ ありさ)は鼻にかかる低い声で、軽く歌を口ずさむ。足取り軽やかに、廊下を進む。ご機嫌だな。右肩に載る、モカは思う。姿は、シマリス。大きさは、子猫ほど。シマリスと呼んで良いものか、迷うところだ。
「え? 虹? 力が急速に減ってる……」
「ふ~ん」
ギョッとした声を、モカは上げる。亜理紗は軽く捉えていた。虹から説明を受けていたにも関わらず。
シマリスは元々、セツナという名前の虹の眷属。主従関係を結んだ瞬間、主人の力に左右される。亜理紗の護衛に付けてくれた。
虹はできる人だから、自分でなんとかするだろう。亜理紗は考えていた。
リビングの前。開いているドア。何気なく、亜理紗は中を覗く。テーブルの前。虹は両手で皿を持って立っていた。彼女は来客用の皿を用意することになっている。順調とみなした。
視線を正面に戻す。亜理紗は違和感を覚えた。間違い探しをするような。見逃してはいけないと訴える。テーブルの上には、木箱。傍に、仰ぎ見る、ハリネズミ。毛の色が、淡い紫色の。不思議な力で形作った生き物だから、色は気にしなくて良くて。姿自体が薄かった?
急いで、傍に行く。木箱から出ているのは、一枚。持っている皿だけ。
亜理紗は思い返す。自分が二階に行くとき、虹も始めていた。用事を済ませて戻ってくるまで、三十分ほど。未だに、最初の一枚だけなんてあり得ない。
亜理紗は顔を覗く。虹は無表情で、一点を凝視。ピクリとも動かない。
寒気がした、亜理紗の手が宙をかく。子どもと笑われるかもしれないが、不安なときに必要になる物がある。二階に置いてきたことを後悔した。気づいたモカが、頬をスリスリするが。感触が弱い。無いよりましと、抱きしめる。
亜理紗は一通りのことを試してみる。虹の反応は無し。相談しようと、視線を下げる。
「ねえ、モカ……」
護衛のシマリスの姿も薄くなっていることに気づいた。亜理紗はパニックに陥る。慌てたモカが、落ち着かせようとした。
「大丈夫。まだ、大丈夫だから」
モカの声が届かない。亜理紗の思考は、負のループをぐるぐる巡る。自分自身で考えた。
ピンポーン!
呼び鈴が鳴る。亜理紗にとっても、モカにとっても、天の助けだった。
「リス友!」
インターホンの室内機。映した、外の様子。各務 泉(かがみ いずみ)と、楠本 ナオ(くすもと なお)が立っていた。
泉が持つ鏡の上には、鴇色の毛のリス。ナオの右肩には、松の葉色の毛のリスが載っていた。亜理紗は玄関に、一目散に駆ける。
「来てくれて、ありがとう!」
泉とナオを驚かせる。ドアを開けた、亜理紗は涙目だった。
リビングに向かう廊下。泉とナオは、亜理紗から事情を聞こうとした。
一言もなく、亜理紗は二階へ行ってしまう。戻ってきた手には、背丈の半分ほどの熊のぬいぐるみがあった。ぬいぐるみの頭の上で、モカが目を回している。
亜理紗の話しは、要領を得ない。泉は頷いたものの、理解するのを放棄。ナオが共感しながら、粘り強く聞き出す。リビング内を見て、話通りの状況と知った。
「息をしている?」
基本的なことを、泉が訊く。リスが右肩に移動。彼女の指は、鏡の表面の凸凹に触れている。
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