第10話 金の魚

 僕らの前には、大きな金色の魚の形をした飛行艇。

 太陽の光を浴びて、ブリキか何かで造られた魚はキラキラと輝いている。


 飛行艇の中に入れば、ちゃんと人間用の席も、猫用の小さな席もある。

 手紙が一通。コクピットに置かれている。


 ニャッタールダ十四世あての手紙だ。


「えっとぉ! この操縦かんを引いて、このボタンを押すのね! 簡単じゃない!」


 どこから見つけたのか、伊織の手には、操縦マニュアルが握られている。

 まずい! あんなのが伊織の手にあれば、飛行艇を動かさない訳がない。


「伊織! 待って! 勝手に操縦して壊れたら!!」


 ガタン! 大きな音を立てて、飛行艇が作動し始める。


「うわ! 浮いてる!!」


 魚の目の位置にある窓の外を見ていたニャフが慌てる。


「伊織殿! 落ち着いてください!!」


 グルルが床にしがみついて、揺れる艇内の衝撃に耐える。

 僕は、ゴロゴロと艇内の床を転がって、もう吐きそうだ。


「行っくよぉ~!!!」


 上機嫌の伊織は、とても止まりそうもない。

 飛行艇は部屋の上部に空いた穴から、空へと飛びあがる。


 ニャニャンデルの空を魚の形の飛行艇が飛ぶ。

 

 巨大な金の魚は、青い空を泳いで、ニャニャンデルの国民の目をくぎ付けにしている。

 城のニャッタールダ十四世が、こちらに手を振っている。


「伊織殿! 城の広場に降りましょう。そこしか、良い場所が思い当たりません」


 グルルの言葉に、分かった! と伊織が答える。


「ええっと、このレバーをこっちへ向ければ下降して……」


 操縦席の伊織は、操縦マニュアルを見ながらブツブツ言っている。

 城の壁をガリガリと削りながらも、飛行艇は無事に着陸した。


「何とも、何とも! これがホズミの残した物か!!」


 キラキラした目で、ニャッタールダ十四世が近寄ってくる。

 嬉しそうに喉がゴロゴロなっている。


「ニャッタールダ十四世様。中にこのような物が」


 ニャフが、国王に手紙を渡す。

 ニャッタールダ十四世は、その場で手紙を開いて読み上げる。


『国王就任おめでとう。ニャッタールダ十四世。

 国王になったのならば、国をおいては、もう冒険は行けないだろう? だから、冒険は俺だけで行く。いつか、戻ってきて旅の土産を見せる日を楽しみしていてくれ。

 ああ、この飛行艇は、お前と旅をする時のために作っていた物だ。結局、前国王の急死で、一緒に出掛ける機会は失ってしまったが、いつか相棒のお前と共に旅をする時のために残しておく。 

 保住信也(ほずみしんや)』


 手紙を読んで、ニャッタールダ十四世が、ポロポロと涙を流していた。


◇◇◇◇


 僕と伊織は、ようやく解放されて、鏡を通って自分たちの世界へ帰ってきた。

 まだ雨が降り続く外。

 『保住研究所』は、相変わらず人影もなく静かだ。

 ホズミ……たぶん、この建物は、あの巻物を書き、手紙に名前があった保住信也さんの物。


「保住さん、まだあの世界で冒険しているのかしら?」

「たぶんね。ずっとここには帰ってきていなさそうだし」


 朽ち果ては家屋は、ずっと主人が不在だということを雄弁に物語る。

 

「にゃあ」


 黒い野良猫が、トコトコと歩いて室内に入って来たかと思うと、鏡の前で立ち止まる。


「人間、この秘密は誰にも話すなよ」


 黒猫は、そう一言釘を刺し、ひと睨みすると、鏡の中へと消えていった。

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