第4話 確かめてみる

 クラブの時間が終わって、僕と伊織は一緒に帰る。

 シトシトと傘を濡らす雨の中、家が隣同士の僕と伊織は、クラブの日は一緒に帰ることが多い。


「残念だったな。昨日も友介と一緒に帰れば、その『話す猫』を私も見られたんでしょ? 猫の話している言葉。私も聞いてみたかった」


 傘をクルクル回して水たまりを軽やかに跳びこえながら伊織が言う。

 昨日は、僕が図書館に寄ってから帰ったから伊織は一緒ではなかった。図書館の本を読むと寝てしまうという伊織。僕が図書館に寄る日には、先に帰ってしまう。


「でも、聞き間違えかもしれないし」


 僕は、伊織に苦笑いを返す。

 例の洋館、『猫屋敷』の前に差し掛かった時に、伊織の足が止まる。

 この洋館の前を通学路にしている子は少ないから、辺りに人影はない。

 もちろん、今日は、昨日見た猫たちは、もういない。

 じっと洋館を見つめて立ち止まっていた伊織が、クルリとこちらに顔を向ける。

 

「ねぇ。入ってみない? 『猫屋敷』に! 今から!」

「え、でも……。先生は、勝手に入るのは良くないって言っていたし」

「大丈夫よ! 話す猫がいないか確認するだけだから! 床の上に落ちていた魚があるかを見てみるだけなら、入り口に立つだけでしょ? ちっとも危険じゃないじゃない」


 伊織の目がキラキラしている。

 ……これはもう誰が止めても聞かないだろう。


 僕は、引きずられるように、洋館の庭に入っていった。


◇◇◇◇


 洋館の扉は、昨日と同じように開けっ放し。

 雨が降っているから、昨日よりも暗い室内は、誰もいない。

 魚も落ちてはいなかった。


「ここ、猫がたくさん出入りしているし、夜の間に猫が持って行ってしまったのかしら?」


 伊織が、ずかずかと建物の中に入っていってしまう。


「わ、ちょっと! 駄目だってば!」

「平気よ。ちょっとぐらい。どうせ誰もいないんだし」


 誰もいないから入っていいなんて、そんなの無茶苦茶だ。

 伊織は、少しだけ濡れている床に気づく。五センチくらい。何かが落ちていた跡。


「ここね。魚が落ちていたのは」

「そうだけれども! 伊織! いい加減にしなよ!」


 焦る僕をよそに、伊織は魚の落ちていた周囲を見回す。

 奥に続く扉を伊織が押してみても、鍵がかかっているのか、びくともしない。

 今度は鏡。


 伊織が、すっと鏡を撫でる。

 伊織の指先は、鏡に吸い込まれる。


「え?」


 伊織が慌てて手を引けば、鏡が水面のように波打つ。


「ど、どうしたの?」


 僕も伊織を心配して鏡の前に立つ。

 一見しただけでは、何の変哲もない鏡に見える。僕と伊織の姿が映っている。


 鏡の中から、ぴょこんと現れたのは、ブチ猫の顔。

 昨日の猫だ。

 僕らと顔を見合わせて、「まずい!」と一言猫が叫んで、鏡の中へ消えてしまった。

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