第2話 出会い目眩
「おはよう、セイ――」
何事もなく学校についた私は、教室へ向かうために階段を登っていると、後ろから肩を叩かれた。
思わず、キャア――と悲鳴を上げたくなるが、そんなことをすれば私が女であることがバレてしまう。そのため、私は平静を装ってから振り返った。
そこにいたのは、小学生の頃から仲のいい男子生徒。私のことをすっかり男の子だと信じ込んでいるのか、ちょっと距離が近いと思うときがある。しかし、それを顔に出しては不審がられるので、私は必死に我慢する。
「あっ、あの子、スカートの中見えそう」
「見えそうでも身ちゃいけません。女の子がかわいそうでしょう」
朝っぱらから、階段を登る女子生徒のお尻を見て、鼻の下を伸ばそうとする馬鹿の頭を私は一発叩く。
別に悪いやつではないのだが、ちょっと欲望に忠実すぎる節がある。思春期の男子としては当然の反応なのだろうが、もうちょっと女の子の気持ちを考えて欲しいものだった。
「ごめんってば……ただ、セイは全然そういうのに興味を持たないから、不思議だなって思ってさ」
「そんなに不思議かな? 好きでもない人の下着を見たって、別に何とも思わないだけだよ」
私は彼の言葉に戸惑いながらも、咄嗟にそれらしい回答をする。我ながら、よく誤魔化せた方だと思う。
ほっと胸を撫で下ろした、その時だった。
急に校内の空気がざわめきだす。主に女子の黄色い悲鳴が多く聞こえた。
その中心にいるのは、短く切り揃えられた黒髪に、金色の目をした美形の少年。背も高く、同じ一年生とは思えないくらい、大人びた印象を受ける。
「あれ、マオだろう。女子からはすごい人気だよな。男の俺から見ても、イケメンだと認めざるを得ない。でも、女癖は悪いって話だぜ」
「そうなんだ……まあ、私には関係ないけど」
「関係なくはないだろう。女子たちの間だと、マオ派かセイ派かで戦争が起こるくらいだぜ。自分も結構モテるんだってこと、忘れるなよ」
「私は、人を外見だけで判断する人に興味はない。そっちが見た目だけで判断するなら、こっちも第一印象で切り捨てるだけだよ」
私はそっけない態度で答えつつも、彼の言葉に半分以上同意していた。
マオからはこう、言葉にはならない色香を感じる。思わず、男であろうとする自分の心を、強引に女に戻されてしまうような、そんな魔力を放っているのだ。
ドキドキと脈を打つ心臓をどうにか鎮めながら、私はゆっくりと階段を登ってくるマオを尻目に、階段を登り始める。
「あっ……!」
私の短い悲鳴が階段に響く。階段を登ろうと一歩を踏み出したところで、今朝のような眩暈が襲ってきたのだ。
一つ上の段まであと二センチというところで、私の足が空を切る。
体が重力に引っ張られ、ふわりと後ろに落ちる感覚があった。
……これは、まずいかも。打ちどころが悪かったら、死ぬかもしれない。
そんな恐怖が、私の腹をきゅっと締め付ける。
周囲の全てがスローモーションに見える。慌てて手すりを掴もうとするが、神経が通っていないかのように上手く動いてくれなかった。
次の瞬間、悲鳴をあげる余裕もなく、私は階段から落ちていた。
「……!」
もうダメかもしれない。そう思って、目を閉じた時だった。
背後からバサリという衝撃を感じたのは。
「え!?」
私は訳がわからず、目を見開いた。
すると、視界の先にいたのは、美形の少年――マオだった。
私の落下に気づき、咄嗟にそれを受け止めてくれたのだとわかると、私は思わず顔を熱くした。
マオに抱えられた、この状態はまるで――。
……お姫様抱っこじゃない! それに顔も近い!
こんなイケメンの少年に、抱かれているのだと思うと、恥ずかしさで顔を直視できない。息がかかってしまわないか心配で、気楽に呼吸もできやしない。
あまりに突然の出来事に、頭が真っ白になる中、ドックンドックンと激しく脈をうつ心臓の音が聞こえてしまっていないかだけが、心配だった。
……と、とりあえずお礼を言わなきゃ! でも、一体なんて言えば?
私がパニックを起こしていると、マオは私の顔を覗き込むようにして耳元に口を近づけると、他の誰にも聞こえないくらいの声量で囁いた。
「君、このままだと、本当に死ぬぞ」
その一言で、私は完全にときめいてしまった。
学校での私は男の子。男の子が男の子にときめくなんて、おかしな話だ。
そう思うことで、どうにか胸の高鳴りを落ち着けようとするが、マオの存在を意識すればするほど、鼓動が速くなって逆効果だった。
私が呆然とマオの綺麗な顔を見上げていると、彼はわたしを抱えたまま階段を下り始める。
「ちょ、ちょっと、どこに行くんだよ!?」
「保健室だ。こんな状態で、授業になんて行かせられるか」
私がマオに運ばれる光景を見て、女子たちからは歓声が上がる。それにくすぐったさを覚えながらも、私は抵抗することができず、そのまま保健室へと連れて行かれた。
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