男装天使と半夢魔の夢デート

しずりゆき

第1話 男として生きる宿命

「うぅ……怠い。起きたくない」


 ピピピピピ、というけたたましい目覚まし時計のアラームが、ずっしりと鈍い痛みを訴えてくる頭を揺らす。鉛のように重い体を起こしながら、私は目覚ましを乱暴に叩いて止めた。

 そして、布団をバサっとまくると、朝の冷え込んだ空気に体を震わせた。


「春だけど、まだまだ寒いなぁ。でも、おかげで目が覚めた」


 二度寝に誘う眠気に打ち勝った私は、学校へ行くため、制服に着替えようとベッドから立ち上がる。

 その時だった。


「やばっ……!」


 ぐらりと視界が回り、一部が黒く染まる。すぐに、回ったのは視界ではなく、私自身の体だと気づく。

 感覚としては、貧血の際に起こるような立ちくらみに近い。

 私は、立っていることもままならず、ドタンと顔から床に落ちた。


「痛い――。痕残ったりしてないよね?」


 むくりと起き上がった私は、部屋の隅に置いてある姿見の前までいく。

 鏡に映る私は、ふわふわもこもこなパステルカラーのパジャマに身を包んだ、可愛らしい女の子。肩でバッサリと切り落とした金髪の上に白く光る天使の輪は、私が人ではなく、天使であることを証明している。

 私――セイは、紛れもない天使の女の子。

 世界全体で見れば、天使や悪魔なんて存在は珍しいのだろうが、私の住む街は天使たちが築いた一大都市。天使でない人間の方が悪目立ちするくらいだ。


「とりあえず、今は大丈夫そうかな。後から腫れてきそうだけど。今は着替えないと、学校に遅れちゃう……!」


 私は、急いでハンガーにかけてあった制服を取り出す。

 それは、私がこの春から通っている天使中学校のもの。白い学ランに白いズボン。どこからどう見ても男子用が身につけるものだった。

 最近は、男子用、女子用と区別せずに、AやBという呼び方を使い、女子がズボンを、男子がスカートを穿くことを認める学校も増えているが、私の場合は違った。


「うわ……またちょっと太ったかな? 食べる量は控えてるはずなんだけどな」


 パジャマを脱ぎ、下着姿となった私は、鏡の前で日課であるスタイルチェックをしていく。

 そして、いつものように憂鬱な気持ちになった。


……若干ではあるが、胸やお尻の周辺に無駄な肉がついた気がする。


 今年で十三になる少女にとっては、ごく当たり前の変化。普通なら、女の子らしくなった体を喜ぶべきところではあるのだが、私にはそれをどうしても許容できない理由があった。


 ……セイ、お前は男として生きるんだ。


 物心ついたばかりのころに言われた、父の言葉が頭をよぎる。

 うちの家系は代々、天使たちを束ねる天使長を輩出してきた。しかし、天使長になれるのは男だけという古臭い考えが残っているため、父は一人娘である私に、男になれと、そう命じたのだ。


 ……だから私は、学校でも男の子として振る舞ってきた。


 それは、これからもずっと変わらない。そう思っていたのだが、第二次性徴を迎えた十歳の頃から、私は体調を崩し始めた。

 天使は精霊に近い存在で、人間よりも、精神の影響を受けやすい。

 女の子になろうとする肉体と、男の子であろうとする精神。

 その二つが互いにぶつかり合い、心身に不調をきたしているのだろうというのが、私の導き出した結論だった。

 朝起きると怠かったり、頭が痛かったり、先ほどの立ちくらみがしたりするのも、そのせいだった。


「よいしょ」


 私は、体のシルエットを隠すために、大きめの学ランを羽織ると、部屋を出る。そして、母が朝食を用意して待つ、リビングへと足を向けた。

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