第4話

 薄墨色のセーラー服。真っ白なラインに桜色のリボン。きっと前にいた学校も、うちみたいな古くからあるお嬢様学校だったのだろう。何よりも、そんな古風な制服が良く似合っている。昔話に出てくるお姫様みたいだと思った。そして、お姫様の中でも、かぐや姫がいちばん適当だろう。白い肌に、黒く長い髪の毛。彼女が歩くと、髪が揺れて香る。ここは女子校だから、少なからず女の子が好きな子はいる。けれど、そうでなくたって、みんながみんな彼女に見惚れた。そういう綺麗な子だった。

 美少女が転校してきたことはすぐに学校中の話題となった。同じ敷地内にある高校の付属中学校からも見学者が押し寄せるほどであった。それだけ、注目されて緊張でもしているからだろうか。彼女はほとんど表情を変えない。言葉遣いも丁寧ではあるが、必要以上には語らない。そんなミステリアスさも手伝って、彼女は学校中から姫として祭り上げられることになる。とても、友達になろうなんて言い出せる雰囲気ではなくなってしまった。

「しょうがないなあ。先生、手伝うって言っちゃったもんね。だから、少しだけ情報を与えてあげよう」

 放課後になって、保健室でお茶を淹れてもらう。

「彼女のお父さん、有名な精神科医なんですって」

「うわ、ますます姫っぽいよ。うちなんか、普通のサラリーマンだし」

 俯く私の頬を佐倉さくら先生が思い切り引っ張る。

「痛い、痛い」

「あなたは、友達作るのにいちいち親の職業なんて気にするのかな?」

「しません。ごめんなさい」

 実際には、こんな明瞭には発音できていない。果たして、この弁解は伝わっているのだろうか。少し、不安になる。

「解ったのなら、よし」

 ようやく手を離す。両手で頬をさする。

「じゃあ、お父さんについてきたのかあ。大変だなあ」

「そうね」

 プラタヌスは動じない。それでも、優秀なお医者様は請われて各地を転々とする。そうか。あの言動は、全て処世術なのか。

「ミステリアスには、訳がある」

「何それ。え、小石川こいしかわさん、女子高生探偵なの?」

 佐倉先生が素っ頓狂なことを言い出したのには、閉口する。どうやら、生粋のミステリ好きらしい。居たたまれなくなって、スクールバッグの中に何かないかと探る。忘れていた。ひまわりの焼き菓子だ。

「せっかく作ってきたのに。これ、どうしよう」

 肩に手を置く。見上げると、自信満々な表情が見えた。

「そんなの、決まっているでしょう」

 なんでも今日は転校初日ということで、精神科医の父親が迎えに来るそうだ。ただ、病院の仕事がいつ終わるか解らないので、校内を案内してもらった後、教室で待っているだろうとのことだった。

「なんでそれを先に言わないかなあ。それこそ、友達になるチャンスなのに」

 背後で文句を言っていたのに、反応する。

「しょうがないでしょう。忘れていたのだから。朝の職員会議の後で、他の先生が話していたのをちらっと聞いただけなんだし」

 言い訳がましい。足が止まる。

「小石川さん?」

「私、行かない。焼き菓子は佐倉先生にあげる。今までの御礼」

「じゃあ、先生もそんな御礼いらない。もっといいものもらう」

「なんて酷い人かしら。生徒の贈り物を突き返そうとするなんて」

 興奮していたからだろう。ドアを開く音にも気づかなかった。長い黒髪がさらりとゆれる。あの子だ。

「もしかして、おじゃまでしたか」

 ようやくまともに、あの子の声を聞いた。鼻の奥がつんとするみたいに、耳が反応する。弱気が引っ込む。私は、微笑んでいた。

「いいえ。あなたに贈り物をしたくて来たの。受け取ってくれる?」

 かぐや姫は、簡単に物を貰いはしない。私の全身と、白衣姿の先生をさっと眺める。彼女の父親は、お医者さまだもの。きっと察したのだろう。すっと、両手を差し出す。私は、ひまわりのお菓子をそっと置いた。

「ありがとう」

 嫌な気はしなかった。正体を見抜かれたとしても、今までのように怒りは湧いてこなかった。不思議なこともあるものだなあ。そうして、私たちは見つめ合っていた。

紙織しおり」「お父さま」

 彼女が振り返り、父親と私の目が合う。すぐに、目をそらされた。唇をかむ。

「友達になるのに、父親の職業は関係ないもの」

 聞こえないくらいの、小さな声で言う。佐倉先生が私の肩を抱き、保健室へと引き返す。どうしようもないことなのだと悟った。まれに、怒りが湧かない人がいるということは、その逆も真なのだ。

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