第3話

 帰り道、ずっと浮わついていて困った。もはやどうしようもない。家の前に着いてからも、玄関の前を行ったり来たりしていた。予定時刻になっても私が帰ってこないものだから、母が心配して表に出てきてしまった。

「どうしたの」

 いつもどおりの優しい声。玄関先の階段に座り込んでいる私の手を取る。

「あの」「なあに」

 言葉を探すも、目が泳ぐだけだった。

「中にお入りなさい。手洗い、うがいも忘れずにしてね」

 頷き、母の後に続く。洗面所で流れる水を見て思った。私がどんなに酷いことを言ったって、母はいつでも文字通り全てを水に流してきたのだ。母と娘だから。たったそれだけの理由で。ありがたい。大切にしたいと思った。

 テーブルには、ひまわりみたいな焼き菓子が載っていた。元気を出して。見ていると、心が落ち着いてくるから不思議だ。いつも病室にあったひまわりなのに、嫌なことは何ひとつ思い出しはしない。大丈夫。大丈夫。心の中で、何度も自分に言い聞かせる。

「あのね、明日、うちのクラスに転校生が来るんだよ」

 母の表情が弾む。

「そう、だから、ここ数日、あなた機嫌が良かったのね」

「あれ」開いた口がふさがらない。「知っていたの?」

「ううん。それでも、何か素敵なことがあったんだろうなあとは思っていた」

 微かな笑い声が漏れ出す。敵わないなあ。目尻を拭いて、笑顔を向ける。

「いただきます。あれ、その前にただいま。ええと、ごめんなさい。あ、ありがとうも言わないと」

「あらら、忙しいのねえ」

 母は始終にこにこしていた。本当においしそうに、紅茶を飲む。私は、焼き菓子を頬張る。

「私、クラスの子に変な子だって、思われるかなあ」

「どうして?」

「ずっと保健室にこもっていたくせに、いきなり教室にやってきて」

 母は、きっぱりと言い切る。

「教室は勉強するところだもの。おかしなことはないでしょう」

 口角が勝手に上がる。

「そうする。何しに来たのって言われたら、勉強しに来たのよって言ってやる。わざわざ高い学費払って、私立の学校に来ているのだから、ちゃんと授業受けなくちゃあ損だって気付いたの。当然でしょうって」

 私は、何度も頷く。

「もしかしたら、転校生のほうが一癖も二癖もあるかもしれないしね」

「そうか。そういうこともあるかもしれない」

 温かい。母はこんなにも私を優しく包んでくれる。母が私の手を取る。

「あなたなら、大丈夫。だって、お父さんとお母さんの子だもの」

「うん」

 ひまわりの焼き菓子の作り方を教えてもらおう。そして、あの子に初めての贈り物をしよう。

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