第2話

 果たして、自分は馬鹿なのか。

 病気に理解のある学校。私のためを思って、両親がようやく見つけてきてくれた。それをちょっと気に入らないことがあったからといって台無しにしてしまった。

 嫌なことは何も起こらない。

 だって、保健室の景色と病室のそれとはほとんど変わらないから。そもそも、病院でだって体調の良いときには、学校の勉強をしていた。だから、勉強が全く解らなくて、不満を言っているのではない。これでは、何も変わらない。馬鹿だ。まるっきり馬鹿だ。

 暇を持て余しては、窓外の景色を眺めた。プラタヌスは動じない。そうやって、堂々として、何人もの女学生を見守ってきた。私もそうありたい。口を真一文字にした。

「あ」

 保健室の先生が、隣にやってくる。

「見たことない制服」「転校生かなあ」

 先生の何気ない一言。はっとした。

「あの子、何年生だろう。いいな。長い髪の毛。綺麗だった」

 うずうずして、脈絡のないことを次から次へと発する。

「可愛いから、女の子にもモテそうだよね」

小石川こいしかわさん」

 先生が肩に手を当て、自分のほうに向かせる。ようやくしゃべるのをやめた。

「お友達になりたいのでしょう?」

 心のどこかにある水たまり。そこに、石を放られた。波紋が伝わる。やっと頭で理解した頃には、顔中が涙でぐちゃぐちゃになっていた。息が詰まって、先生に抱きつく。

「だって、私、病気だし」

「先生、応援するよ。なんなら、お手伝いもします」

 やだやだと顔を振るけれど、手は先生の白衣を握りしめて離そうとしない。先生が顔を覗き込む。

「お友達、欲しいでしょう?」

 ぐっと息を飲み込む。横目でプラタヌスを盗み見る。堂々としたい。さっきそう望んだばかりではないか。それに、こんな機会二度と訪れないかもしれない。私は口を開いた。

 それから、先生と一緒に職員室へと向かった。幸運なことに、彼女と私は同学年だった。そうと解ると、すぐさま私と同じクラスにしてくれるよう頼み込む。言われたほうは、面喰らっていた。それは、二人とも自分の意見を主張するようなタイプの人間ではなかったからだろう。それでも、訳を話したら解ってくれた。

 彼女が転校してくるまでの数日間は、目の回るような忙しさだった。クラス担任に、教科担任。空き時間に保健室に集まっては、作戦を練った。

 いよいよ彼女が転校してくるという前日。最初にお願いをしに行った学年主任が廊下で声をかけた。

「私たちは最善を尽くしました。あとは、小石川さんの頑張り次第です」

「ありがとうございます」

 感慨深げな眼差しを寄せる。何か言いたそうだ。首を傾げる。

「いえ、人とはこんなにも短期間で変わるものなのですね。生き甲斐の大切さが良く解ります。保健室の佐倉さくら先生が言っていました。私は、小石川さんの笑った顔を初めて見たと。これで、ようやく小石川さんのご両親の想いに報いることができたと。あなたは、良いご家庭に育ったのですね。大切にしなさい。自分のことを大切に想ってくれる存在というのは、何よりも尊いものなのですから」

 どうやら、私は本当に馬鹿らしい。照れ隠しに、自分で自分のことをあざけ笑ってみる。あとから、ほろりと涙がこぼれ落ちる。何も言わずとも、眼前の先生は全てを理解していたようだ。大人だなあと思った。

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