夏に手折る
神逢坂鞠帆(かみをさか・まりほ)
第1話
真夏の日差しが容赦なく透かす。長袖のブラウスであっても、隠しきれない。あまりに細い手首。うだるような暑さの中、ただ儚いと思った。
少女は、ナツと名乗った。見覚えのある制服。頭の中の血管が疼く。ナツの背後の緑。瞬く間に、桜色へと変貌する。大切な妹。反射的に口元を押さえる。これも、一緒だ。
*
「どうしてくれるの」
ただいまの言葉も口にせずに、母をにらみつける。それを受けて、母は目を見開く。慌てている。母は自分自身に言い聞かせるように言った。
「久しぶりの学校だもの。それは、大変なこともあるでしょう。でも、あなたならきっと大丈夫」
かっとする。腹が立った。静電気が走るみたいに、母の頬を打っていた。不思議そうな顔をしている。
「どうしたの」
ぽかんとした物言いに、今度はお腹の底が波打った。どろどろ、ぐるぐる。そんな黒いモノが、口から溢れ出す。
「全部あんたのせいだ。私を丈夫に産まないから、無視される。みんな知っている。病院から来た子だって。どうせすぐに戻る。だから、無駄。友達になんかならない。なってあげない。世界が違う。生きる。死ぬ。どうして苦しめるの。がんにして、思い知らせて。何したの。ねえ、私、何したの。教えてよ」
最初から息は切れ切れだった。だから、ただ雑音を撒き散らしていただけ。伝わらないよなあと思った。酸欠の頭はぼうっとして、強制的に私を黙らせた。肩で息をする。目の端に、何かひっかかる。ひまわり。知っている。母の願掛けだ。
千羽鶴はあまり好きではないからと、代わりにひまわりを増やしていった。
病室はいつも鮮やかな黄色に満ちていた。側にあると、安心できた。生きている。生命力の象徴みたいな花。大丈夫。見えているよ。私は、生きている。
テーブルの上にあったひまわりを手に取る。笑顔になれと催促されているようだった。できないと首を振る。
「私、もう教室には行かない。行きたくない。ずっと保健室にいる。それでもいい?」
「あなたがそうしたいのならそうしなさい」
フェルト製のひまわりを置いて、部屋に戻る。
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