25. 慰謝料

 お義母様が呪いの犯人かもしれない。

 私達はそう結論付けたけれど、証拠はまだ揃っていない。


 まずは騎士団による証拠集めが終わるまではこの話は保留されることになったから、今の私に出来ることは無い。


 でも、まだ解決していない問題はがあるから、まずはガークレオン様の件について解決することに決めた。


「慰謝料の支払いはされましたか?」

「今日、払いに来るそうだ。ただ、向こうはシルフィーナに直接手渡したいと言っている。同席出来そうか?」

「それくらいでしたら問題ありませんわ」


 まだ謝罪の言葉は聞いていないから、今度こそ謝ってもらう。

 そう決めて、頷く私。


「助かるよ」

「ガークレオン様に謝罪させるためですから、気にしていませんわ」


 そんな言葉を返してから、お父様の仕事場所を後にする。


 廊下に出ると、今までずっと待ってくれていたアルバート様と目が合っで、頷き合ってから王宮に戻った。

 まだ陽は登り切っていないから、魔法の練習から始める私達。


 縄抜けを無事に習得したから、逃げるための護身術も練習することになったのだけど……。

 その護身術は魔法を使うことが前提みたいで、侍女さんはこんなことを口にた。


「まずは風魔法を使って身体を浮かせてください」

「こんな感じかしら?」


 飛行魔法と呼ばれている魔法はかなり難易度が高いけれど、今使っているのは飛行魔法よりは簡単な浮遊魔法だから、一回目で成功させることが出来た。

 でも、床に足がつかないこの状況は少し不安に感じてしまう。


「いいですね。では、そのまま風魔法で身体を前に押し出してみてください」

「こんな感じかしら?」


 異なる属性ならいくつでも同時に使うことが出来る魔法だけれど、同じ属性の魔法になると難易度は一気に上がる。

 だから、魔法を使い始めたばかりの私には難しいのだと思うのだけど……。


 試してみると、少しずつ周りの景色が後ろに流れはじめた。


「いいですね。流石シルフィーナ様です。では、もう少し早くしてみましょう」

「ぶつかったりしないでしょうか……?」

「しっかりクッションで囲ってますから、ぶつかっても大丈夫ですよ」


 一緒に練習しているアルバート様は上手く出来ないみたいで、何回も宙返りしては床に落ちていた。

 でも、全く痛くなさそうだった。


「それでも不安なのだけど?」

「怪我はしないのですから、大丈夫ですよ。アルバート様が痛がっていないのが証拠です」


 確かに怪我はしないかもしれないけれど、怖いものは怖いのよ。

 最初はそう思っていたのだけど……。


 一時間ほど経った時には、自由自在に空を飛べるようになっていた。


「シルフィーナが羨ましいよ」

「アルバート様も飛べてますよね?」

「まだ失敗することがあるから、高く飛ばないように言われてしまったんだよ」


 悔しそうに口にするアルバート様。

 でも、彼ならすぐに飛行魔法を習得出来る気がした。




    ☆



 

 それからしばらくして、私は王城にある応接室に来ていた。

 私に対する謝罪と慰謝料を受け取るために。



 レベッカの件については、クリムソン家側から「レベッカに騙されたから慰謝料を要求する」と申し出があったのだけど、ガークレオン様が暴力を振るった事実を突き出せば黙るしかなかった。


 パレッツ王国では結婚前の浮気を罰する法は定められていない。

 けれども、暴力行為については法で罰せられるようになっている。


 だから、クリムソン家はレベッカの件について慰謝料を要求してこなくなった。

 代わりにガークレオン様がレベッカを突き飛ばしたことも隠蔽されることで落ち着いている。



 でも、私が婚約破棄された事実は変わらないから、こうして謝罪の場が設けられている。


 仄かに甘い香りのするこの部屋には、私とお父様、クリムソン公爵様とガークレオン様が向かい合う形で座っている。

 アルバート様は陛下に呼び出されていて、この近くにはいない。


「この度は愚息がご迷惑をおかけし、本当に申し訳ありませんでした。

 これはせめてもの償いにと、用意させて頂きました」


 そんな言葉と共に深々と頭を下げているのは、クリムソン公爵様。

 その隣に座っているガークレオン様は無表情を貫いているけれど、視線はずっと私の胸元から離れていない。


 ……目の前に衝立を置きたいわ。


 そんなことは許されないから、気味の悪い視線から耐える事しかできない。


「慰謝料は確認しましたわ。ですが……ガークレオン様からの謝罪が無いのは、どういうことでしょうか?」

「俺が悪いって? シルフィーナに可愛げがあれば、こんなことはしなかった」

「馬鹿者!」


 苛立ちを覚えたのも束の間、ガークレオン様はクリムソン公爵様に頬を殴られていた。

 ドスッという鈍い音が響いて、ガークレオン様が床に倒れる。


 予想外の出来事に、私は固まってしまった。

 どんなに怒ったとしても、人前で子供を叱ることは非常識とされている。だから、クリムソン公爵様の行動は信じ難い。


「どんな理由でも許されることでは無い! 今すぐにシルフィーナ様に謝れ! 彼女は王族になられるお方だ、見下して許されると思うな!」

「そんなに怒ること……」

「これが怒らずにいられるか! お前はどれだけ他人ひとに迷惑をかけたら気が済むのだ!」


 そんなやり取りが目の前で繰り広げられているというのに、私は眠気を感じていた。

 いつもよりも早く起きたからかしら?


 でも、こんな場面で眠気を感じたことなんて今まで一度もないのよね……。

 謝罪の言葉を聞こうと思っていたのに、もう耐えられないわ……。


 私が起きていられないと感じた時、クリムソン公爵様が倒れた。

 お父様も、壁際で控えている騎士さんも。私とガークレオン様以外、全員倒れていた。




 逃げなきゃ……。


 でも、身体が動かない。


「やっとだ……。やっと、俺のものにできる」


 遠のく意識の中、気味の悪い声が耳元で囁かれた。



 ……。


 目を覚まして最初に思い出したのは、意識を失う直前にガークレオン様からかけられた言葉だった。

 目を開けているというのに、真っ暗で何も見えない。


 でも、今感じている揺れには覚えがあった。


 ここは馬車の中ね。でも、場所までは分からないわ……。


 腕を伸ばそうとして、手首を縛られていることにも気付いた。


 私は何者かに──恐らくガークレオン様に攫われたのね。

 危険な状況ではあるけれど、不思議なことに焦りは感じなかった。

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