24. 別人なのに

 普段よりも早い時間に目を覚ました私は、すぐにアルバート様の部屋に向かった。

 彼には親しい人の気配とそうでない人の気配の区別が付くみたいで、夜中でも何かあったら部屋に来ていいと言ってくれている。


 だから、躊躇いは少しだけだった。


 眠っている彼を起こさないように部屋に入って、ベッドの隣に向かう私。

 でも、気配で起こしてしまったみたい……。


「おはよう。何かあった?」

「起こしてしまった申し訳ありません。少し不安なことがあったので、手を握っても良いでしょうか……?」

「もちろん」


 許可を得てから、彼の手に触れる私。

 そのまま精神防御の魔法を発動させて、アルバート様にも効果が及ぶようにした。


 ちなみに、精神防御の魔法というのは、闇魔法にある錯乱を引き起こす類の魔法に対抗するためのもの。

 そんな魔法を使ったことに彼は気付いたみたいで、心配そうに私のことを見ていた。


「何があった?」

「精霊さんが忠告してくれましたの。呪いをかけられていると」

「大精霊が言うのなら間違いないだろう。

 だが、呪いが出てきたということは、三百年前の災禍が繰り返されることになる」


 呪いというのは、おとぎ話にしか存在しないと思っていたから、アルバート様のこの言葉はすぐには理解できなかった。

 でも、三百年前に何があったのかは知っている。


 当時の精霊の愛し子を虐げた結果、王国を水害が襲った。

 それが過ぎたら、今度は日照り。


 貴族でさえも食べるものが無くなり、隣国の支援でなんとか凌いだのだと歴史の授業で学んだ。


 その災禍の直接の原因は、一人の令嬢が悪魔と契約を交わしてしまったこと。

 契約自体には問題はなくても、その後に要求される報酬を渡さなかったから悪魔が怒って災禍が引き起こされてしまったらしい。


 その後は激怒した精霊によって、悪魔と契約を交わした令嬢はこの世を去ることになった。



 そんな悪魔が求める報酬は、その悪魔に要求した物事によって変わる。

 今アルバート様が広げた禁書には、そう書いてある。


 簡単な要求だったら、髪の毛。それほど難しく無かったら、血をティーカップ一杯分。かなり難しいものだったら、命。


 こんな風に、変化するらしい。

 だから悪魔と契約する方法は禁忌とされ、その存在を抹消された。契約を試みた時点で死罪となる。


 理由は簡単で、悪魔と契約した人が死ねば、契約も消えることになるから。

 同時に、最大限の報酬を悪魔に渡すことにもなるらしい。


「これ、私が見ても良かったのですか?」

「王家に入るなら、王国の過去の過ちは知っていないといけない。だから、結婚する前には見てもらう予定だったんだ。早いか遅いかの違いだけだよ」

「そうなのですね……」


 他のページを見てみると、精霊信仰を冒涜した国王が居た時の話や、戦争の話。他にもいろいろなことが書かれていた。

 でも、この本の半分以上は悪魔に関することで、すごく恐ろしく感じてしまった。


「このことは父上にも報告しないといけない。呪いのことも、悪魔契約を交わしてしまった人がいることも。

 シルフィーナには精霊の言っていたことを父上に伝えて欲しい」

「分かりましたわ」


 返事をする私。

 この後はアルバート様も精神防御の魔法を使って、一緒に陛下が眠る部屋に向かうことになった。




「父上、緊急事態です」


 そう口にしてから扉を開けるアルバート様。

 陛下も王妃様も、その声で目を覚ましたみたいで、ちょうど起き上がっているところが目に入った。


「何があった?」

「呪いがかけられようとしています。すぐに精神防御の魔法を」

「分かった」


 すぐに魔法を使う陛下と王妃様。

 それから、私達は精霊さんから告げられたことを説明した。


 そして……。


「姿を変えることが出来る呪いか。大精霊の言葉なら、誤っていることは考えにくい。

 エルザはそこまでして、一体何がしたいのだ……」

「私の勘は合っていたのね」

「念のために、魔力の流れを調べる必要はあるだろう。だが、この流れはセレスト邸の方向と同じだ」


 そんなことを話しながら、透明な球のようなものを取り出す陛下。

 こんな魔道具の存在は知らないから、不思議に思って陛下に尋ねてみた。


「呪いによって起こされる魔力の流れを調べるためのものだ」


 私には物心ついた頃から魔力の流れがなんとなく分かるから、この魔道具が存在している理由が分からなかった。

 でも、普通は魔力の流れなんて分からないことに気付いて納得した。


「シルフィーナさん、落ち着いて聞いて欲しいわ。

 呪いの使い手は貴女の義母だと私は思っているの。詳しく話すと長くなるのだけど、良いかしら?」

「ええ。私の方からお願いしたいですわ」


 王妃様の言葉にそう返すと、信じられない内容が語られ始めた。


「今から十八年前のことだけど、貴女の母ユフィアナを虐めていた人が居たの。その人はエルザという名前で、侯爵令嬢だったわ。

 エルザはね、ルードルフに執着していたわ。でも、ルードルフが愛したのはユフィアナだったわ。それが気に入らなかったみたいで、毎日のように嫌がらせをしていたみたい。それだけだったら、大問題にはならなかったわ。

 でも、エルザはユフィアナに火を放った。私の目の前で。

 ドレスって燃えやすいの。だから、ユフィアナが炎に包まれるのは一瞬だったわ」


 お母様も治癒魔法が使えたから、火傷は残らなかったのね……。

 でも、そんな辛い思いをしていたことなんて、聞いたことも無かった。


「その事件の後、ルードルフがエルザの家を取り潰しに追い込んだのよね。不正を山ほどしていたから、侯爵家でも簡単に潰れたわ。

 エルザ自身も罪に問われることになったのだけど、運河で変わり果てた姿で見つかったの。自殺という判断だったわ」


 自殺した人が生き返るなんて聞いたことがない。

 それとも、悪魔にお願いして生き返らせてもらったのかしら?


 でも、死者の蘇生は命を対価に要求されるから、今生きていることがおかしい。


「私も死んだものと思っていたから、エルザと全く同じ歩き方をする人を見た時は目を疑ったわ」

「その人物だが、調べたところシルフィーナ嬢の義母だと分かった」




 王妃様と陛下の説明を聞いて、ようやくお義母様が私に嫌がらせをしていた理由が分かった。

 お母様を恨んでいたから、娘の私も恨まれていたのね……。


 血は繋がっていても、別人なのに。

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