23. 王妃side 違和感

 シルフィーナの義母が王城に押しかけていた頃。

 ここパレッツ王国の王妃は友人との茶会から王宮へと戻っているところだった。


 今は王城を通り過ぎようとしているところで、王妃は外の風景を眺めていた。

 ちなみに、王族の住まいである王宮へは王城を通らないように作られているから、窓の外にはエレノアの姿も映っている。


 今はそのエレノアが追い返されたところで、不機嫌そうな足取りが見えている。

 そして、そんな様子を見た王妃は違和感を覚えた。


「エルザ……?」

「何かございましたか?」

「いえ、何でもありませんわ。ただ、さっき見えた人の歩き方が十八年前に断罪されたはずのエルザに似ていたのよ」


 エルザ・ローズマダー侯爵令嬢。それは王妃と同世代の王侯貴族なら誰もが知っている名前だ。

 彼女は嫉妬から当時のユフィアナ・インディゴ伯爵令嬢をひたすら虐め、あろうことか公衆の面前でユフィアナに火魔法を放ち大火傷を負わせた罪人だ。


 幸いにもユフィアナには治癒魔法と水魔法の才能があり大事には至らなかったものの、ユフィアナの婚約者であり公爵令息のルードルフ・セレストが激怒し、一週間も経たないうちにエルザは平民になった。

 不正が公になったローズマダー家の取り潰されたことによるものだった。


 その後エルザは人殺しをしようとした罪で捕らえられることになったものの、変わり果てた姿で王都にある運河で発見された。

 その後は誰も姿を見たことが無く、自らの行いを悔いて自殺をしたものとされた。


 それが王妃の口にしたエルザという人物の生い立ちだった。




 そんな人物とよく似た歩き方の人物。

 ユフィアナの友人だった王妃は不安に駆られていた。


「どうしてセレスト家の馬車に乗っていたのかしら? ……急いでアルヴィンに報告しないといけないわね」


 国王である夫の元へ急ぐため、御者に急ぐように伝える王妃。

 先ほどよりも揺れが激しくなった馬車は、数分ほどで王宮の前に辿り着いた。


「キャロル、おかえり」


 王妃のことを愛称で呼ぶ夫と軽く抱き合う。

 いつもと変わらないやり取りに続けて、彼女はこう口にした。


「ただいま。さっき城の前でエルザに似た歩き方の人を見かけたの。詳しく調べられないかしら?」

「エルザというのは、取り潰しになったローズマダー家のエルザで合っているか?」

「ええ」


 問いかけに頷くと、夫のアルヴィンは険しい表情を浮かべてこんな言葉を返した。


「分かった。すぐに調べよう」



 アルヴィンは親衛隊に調べるように指示を出し、王妃キャロラインが目にしたという人物についての情報収集が始められた。




 そうして明らかになったのは、現在のセレスト公爵夫人――エレノアがシルフィーナへの面会を求め、そのまま追い返されたという事実だった。

 予想外の名前が挙がったことで、驚く王妃達。


「仮にセレスト夫人がエルザだっとして、ルードルフが気付かないことがあるか?」

「歩き方なんて普通は見ませんから、顔が違えば気付かないと思いますわ」


 今生きている者の中で一番エルザを恨んでいるはずのセレスト公爵が、違和感に気付かないことは考えにくかった。

 しかし、歩き方なんて普通は気にかけないもの。


 王妃という立場に身を置き、歩き方という所作まで気にかけているからこそ気付けた違和感。

 それにセレスト公爵が気付かない可能性だってあった。


「歩き方を気にしているのはキャロルくらいなものだ」

「自覚はあるわ。でも、性格や口調にもエルザの特徴が出てくると思うから、セレスト公爵が気付かないはずがないのよ」

「性格も口調も違っているか、歩き方が同じだけの別人のどちらかか」


 今はそれほど大きい問題ではない。

 しかし、病のように少しずつ何かを蝕んでいるような予感に、国王も王妃も頭を悩ませた。

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