16. 間違った知識
「何かの勘違いだ。俺は確かに抱きしめたが、口づけも交わることもしていない」
必死の形相で口にするガークレオン様。
その様子を見て何かに気付いたのか、アルバート様がこんなことを耳元で囁いてきた。
「シルフィーナ、レベッカ嬢がどんな風に抱かれたのか本人に確認してきてほしい。彼女、何かを勘違いしていそうだ」
「分かりましたわ」
そこまで言われて、私も気付いてしまった。
だから裏付けを取るためにも、レベッカが過ごしている部屋へと急いだ。
「シルフィーナよ。入ってもいいかしら?」
「何かありましたか?」
少し怯えた様子で扉を開けてくれるレベッカ。
私は部屋の中に入ると、質問を投げかける。
「こんなこと聞かれたくないとは思うのだけど、ガークレオン様にどんな風に抱かれたのか教えて欲しいの」
「どうやって教えればいいの……?」
「枕でいいわ。難しかったら、私に触れても構わないわ」
私がそう口にすると、レベッカは私の背中に腕を回してきた。
ドレスが触れ合うだけで、私の身体には一切触れていない。
私を嫌っているのか、それとも警戒している私に配慮してくれているのかは分からない。
でも、この気遣いのようなものは少し有難かった。
「こんな感じで、抱きしめられたの」
「言いにくいことなのに、教えてくれてありがとう」
勘違いだったと分かって、安心する私。
セレスト公爵家の汚点は増えないのだから、少しだけ肩の力を抜くことが出来る。
ガークレオン様を問い詰めることだって問題はない。
レベッカに浮気をしていたことは、違えることのない事実なのだから。
だから、私はアルバート様の待つ部屋へと急いだ。
「お待たせ……しました……。
アルバート様。レベッカは抱擁されただけで、間違いは起きていなかったみたいです」
少し走ったから息が上がってしまっている私。一緒に走ってくれた女性の騎士さんの息は全く乱れていないのに……。
「本当に勘違いだったみたいだね。どうする?」
「問題はありませんわ。ガークレオン様、レベッカに浮気していたことは認めますか?」
私もアルバート様の耳元で囁いてから、ガークレオン様に向き直って次の質問を口にした。
「そのことも申し訳なかった。一時はレベッカ嬢の可愛さに惚れてしまっていた。だが、やっぱりシルフィーナ、君じゃないと愛せないと分かったんだ。
今はシルフィーナだけを愛している」
簡単に浮気するような人が謝っても、またすぐに浮気する。
そう思ってしまったから、呆れが出てきてしまった。
「忌み子は要らないと捨てたのは貴方ですよ? その忌み子を愛せるのですか? 不幸に襲われても知りませんわよ?」
「それは……」
「迷うのでしたら、復縁なんてお断りです。またすぐに浮気するのでしょうから」
ガークレオン様の瞳の奥に、意志の揺れを見つけた私はそう答えを告げた。
最初から決まっていた答えなのに、彼の表情は一気に絶望のものに変わっていく。
そして床に項垂れながら、こんなことを呟きはじめた。
「そんな、勘弁してくれ。復縁できなかったら、俺は勘当されてしまう」
「そんなの私の知ったことではありませんわ。復縁はしないのですから、もうお帰り下さい」
ここまで言っても理解してもらえなかったみたいで、あろうことか私のドレスのスカート部分に縋ろうとするガークレオン様。
その行動が恐ろしくて、咄嗟にアルバート様の背中に隠れる私。
「それ以上は僕の婚約者に近付くな。守らなかったら斬る」
「っ……」
言葉を失ったガークレオン様は、そこからしばらくの間動けなかった。
しばらくして、面会を終えた私達はレベッカの部屋を訪れていた。
レベッカの勘違いの原因を探って、正しい知識を入れてもらうために。
「レベッカ、答えにくいことだと思うけど、子供はどうやって授かるのか知っているかしら?」
「さっきみたいに、男女が抱き合えば授かるとお母様から教わったわ」
その言葉を聞いて、お義母様に対する怒りが湧いてくる。
これは私個人の話だけれど、子を授かるための行為を正しく知ることは、自身の身を守ることにもなると教わってきた。
そして、このことを娘に教えるのは母親の務めだということもお母様から教わった。
それなに、お義母様は正しい知識を教えていない。
恥ずかしいからなのかは知らないけれど、善意よりも悪意が多い貴族社会に入るのなら、正しい知識は必要なのに。
「その知識は間違っているわ。本当は……」
言いかけて、アルバート様が隣にいることを思い出して言葉を止める私。
彼はとっさに耳を塞いで後ろを向いていた。
「あまり聞かれたくないから、小声で教えるわね」
でも、念のためにと前置きしてからレベッカにだけ聞こえる声で説明をしたのだけど……。
「そんなことをするの……?」
信じられないと言いたげな様子で聞き返してくるレベッカに頷く私。
その言葉に続けて、彼女はこんなことを呟いた。
「ガークレオン様はそれを知ってたのに、子を宿したお前はいらないと言って私を突き飛ばしたのね」
「それ、本当なの……?」
小さく震えながら告げられた言葉に、思わず聞き返してしまう。
私が婚約破棄された時に勝ち誇ったような笑みを浮かべていたのだから、レベッカのことを擁護するつもりは無い。
それでも、ガークレオン様の行動は許せそうになかった。
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