15. 正気ですか?
あの手紙が届いてから数時間。
すっかり落ち着きを取り戻した私達の元に、侍女さんが慌てた様子で駆け寄ってきた。
「シルフィーナ様。ガークレオン・クリムソン様が面会を求めて王宮の前に来ていますが、如何なさいますか?」
「王城の方に通してもらえるかしら?」
すぐにそんな言葉を返す私。
手紙に書かれていたから、ガークレオン様がこの時間に来ることは分かっていた。
だから対策も考えてあって、あとはそれを実行に移すだけ。
婚約破棄された時は手助けしてくれる味方はいなかったけれど、今はすごく頼りになる人が居る。会いたくない相手でも、今回は負ける気がしなかった。
「行こう」
「はい」
頷き合って、王城の方へと向かう私達。
それから、事前に決めていた部屋の前に着いた私は、覚悟を改めてから扉を開いた。
「お待たせしました」
ソファーに深く腰掛けている人に向けて声をかける私。
すると、その人――ガークレオン様は慌てた様子で浅く座り直していた。
「シルフィーナ、あの時は婚約破棄をして申し訳なかった。
でも、気付いたんだ。俺にはシルフィーナしか愛し合える人が居ないことに。だから婚約破棄を無かったことにしたい」
どうして薄笑いを浮かべられるのかしら?
申し訳なさの欠片も見られない様子に怒りを感じてしまう。
でも、その怒りは無表情の仮面の下に隠して、質問を返すことにした。
「レベッカを愛していたではありませんか。だから多くの方が見ている場所で、二度と後戻り出来ない形で婚約破棄されたのですよね?
冤罪をかけたこと、もう忘れてしまったのですか?」
「あの冤罪は全て間違いだったと広める。だから許してほしい」
「今ここで、あの時の参加者全員に手紙を書いてください。そうすれば、冤罪のことは許しますわ。
封筒と便箋はここに用意してあります」
簡単に冤罪だったと認めてもらえるとは思っていなかったから、少し驚いてしまった。
でも、思惑通りに事が進みそうだったから、内心で笑顔を浮かべる。
このまま手紙を書いてもらうことが出来たら、私の悪評が少しだけ減ることになるのだから。
「本文はここにある複写機を使うと良い」
「分かりました。お心遣い、ありがとうございます」
紙に書いた内容をそのまま別の紙に写す魔法具を指し示すアルバート様。
この魔法具は本を作る時によく使われているもので、今のように多くの方に手紙を送る時にも使われる。
複写機は黒色のものだけしか写せないから、赤色のインクを付けたペンでサインをして本人だと証明することは誰もが知っている常識になっている。
だから赤色のインクとペンを用意していても、そのことは説明していない。
しばらくして、本文と封筒の宛名、それにサインを書き終えたガークレオン様が顔を上げた。
「これで良いだろうか?」
「ありがとうございます。では、こちらは私の方で預からせていただきますね」
受け取った手紙はすぐに侍女に渡して、送る手配をしてもらう。
これで、ガークレオン様は後戻り出来なくなったはず。
いえ、最初から後戻り出来なかったわ……。
「ということは、復縁してくれるのか?」
「私、復縁するだなんて一言も言っていませんわよ?」
「……は?」
私は冤罪のことを許すと言っただけで、復縁するだなんて一言も言っていない。
それなのに、どうしてガークレオン様は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしているのかしら?
「そもそもの話、レベッカを抱いた―ー既成事実を作ったと言った方が良いでしょうか? そんな方と復縁することなんてあり得ませんわ。
いつから、男性なら婚前に過ちを犯しても許されると思っていたのですか?」
そんなことを口にする私。
この計画は性格が悪いと言われてしまうかもしれないけれど、相手はどうしようもない人なのだから手段は選んでいられなかったのよね……。
それに、やっぱり浮気されたことは心の底では許せていない。
だから問い詰める役は私がすることにしたのよね。アルバート様がいつでも私を守るための行動が出来るようにする意味もあるけれど……。
「待ってくれ、レベッカを抱いてはいないぞ?」
「レベッカは抱かれたと言っていましたわ。嘘をついているのはどちらですか?」
レベッカは嘘を隠すのが上手くないから、嘘を言っていればすぐに分かる。
でも、相談に乗っているときは嘘をついている気配は全くなかった。
そのことを考えると、必然的にガークレオン様が嘘を言っていることになるのだけれど……。
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