1章 蝶彩縫飾都市フランドレア~藍紫色の画家〜
2 目覚めた神霊
「神霊様でも
「ユースティティ……なんだって? 私はただの一般人ですよ」
爽やかな風が吹く平原の道を少女と共に歩く。厳密に言うと私の服の袖を少女が引っ張っており、こちらは犬の散歩のように誘導されているだけだ。
そして、道の先にあるのはこの彼女の家がある町である。
かつては病気のせいで歩行すらままならなかった体は今では健康体のごろと変わらない。どうやら、アルシエラは約束を果たしてくれたらしい。
この状況を説明する為には1時間前に遡らなくてはならない。
ジャンボキノコが跋扈する森で目覚めた私は恐らく通りすがりであろう少女に「お姉さん、突然現れたやつはどんな魔術を使ったの? この辺じゃ見かけない髪の色だね。どこの都市から来たの? お名前は? 」などと、アルシエラにされた質問並に、理解不能な質問を大量に投げかけられた。
それに対して返す言葉が見つからず戸惑っていると、今度は彼女に服の裾を引っ張られる。
「もし今夜泊まる場所を決めていないなら、私の家に来て一杯話そう。見た感じお姉さんは巡礼の旅をしている
などと彼女はこちらの意見を全て無視した上で、そのまま私を連行したのだ。
周りの風景や少女の言動から察するにこの世界では、我々が知り得ない生態系に、文化が発達している。どうやらこの異世界では今までの常識は通用しないらしい。
さらに今のところ宿が無いのは事実である上に、未知の土地……いや、未知なる世界をあてもなく彷徨うのは賢明では無い。ならば、大人しく少女に連行されるべきでしょう。
ハッキリ言ってジャンボキノコの背中で寝るのは絶対に避けたい。
だって、胞子に幻覚作用とかありそうだもん。
「うーそーだあ。だってコハクお姉さん突然ミネヴァダケの上に現れたでしょ。私知ってるもん。瞬間移動系の魔法は神霊様自身か、眷属にしか使えないってこと」
違うよ。その神霊様ご本人による異空間ダイビングのせいでこうなったんだよ。
というか、あのジャンボキノコにそんな名前があったのか。
ちなみにキノコの名前に良く使われる「タケ」の意味は、「猛る」に由来していると、昔読んだ本に書いてあった。あのキノコにはピッタリの名称だ。
「うーん。実を言うとお姉さんは、貴方が言う
少女が歩みを止めこちらを見据える。
「そんな事も知らないの。もしかしてコハクお姉さんは『きおくそうしつ』なのかあ」
記憶喪失というよりは元々知識が無いと言う方が正確だが、ここは大人しく彼女の言葉を肯定した方が良いだろう。
状況が更にややこしくなる気がするし、彼女の言葉や、周りの風景から察するにここは異世界であり未知の文化が発達している可能性が高い。
知識はここで得ておくべきだ。
「そうかもしれないですね」
「じゃあ、叩けば治るね」
「なんでぇ!? 」
「ウチのラジオは叩くと治るよ」
「人間はラジオと違って叩くと壊れるんですよ!?」
何なのですかこの子。
純真無垢な笑顔から狂気に等しい物を感じる。
そもそも、このファンタスティックな世界にラジオが存在する事に驚きですよ。
「よーし。それじゃあ優しい私が教えてあげまじょう。あ、お名前言うの忘れてた私ステファニー・ベフトゥン。スティニーって呼んでね」
ステファニーは再び私の裾を握ると歩み出す。
そしてその刹那。唐突に歌い始めた。
『世界が創造された時。4柱の神様が現れた。1人目にエレシュリ。冥府神エレシュリ。優しい彼女は産まれてすぐに眠ってしまった。2人目にアザゼラ。癒合神アザゼラ。慈悲深い彼は人々に薬を与えた。3人目にアルシエラ。裁定神アルシエラ。冷徹な彼は秩序と永久の命を与えた。4人目にアスタロト。敬愛すべきアスタロト。人間に
創造神話を表した歌だろうか。
急に歌い出した時点で謎だが、歌詞の中にアルシエラがいた事が意外である。
あの不審者が本当に神霊だったとは。
うむ。どうやら私を救いに来た神様はただの残念なイケメンでは無かったらしい。
「これはね。『神霊様の歌』ていう名前のお歌なんだよ」
ストレートネイミング。
「あーでも、私がこれから話す話題に、このお歌の内容はあまり関係ないけどね」
「じゃあなんで歌ったのかな? 」
「長い話をする上で、一番大切なのは導入部分だってお母さんが言ってた」
お母様。いたいげな少女になんてことを教えているのですか。
「ごめん、話が脱線しちゃった。コハクお姉さんの疑問を簡単にまとめると、
なるほど。つまり、
そう思った時だった。
何となく考えをまとめていると背後から小動物らしき足音が迫ってきた。
「キューイ。キュイ。キューーーーイ」
背後から小動物が駆け寄る足音。そして聞き覚えのある鳴き声。
それらの音の主はジャンボキノコ……否、ミネヴァダケの上で目覚めた際に、膝の上に乗っていた謎生物。
その掌サイズのモフモフはこちらに近づくと、私の前でピョンピョン跳ね始めた。
「キュイ。キュイ」
何かを訴えているように見えるが何か伝えたいのだろうか。
「わあ。初めて見る動物だ。この子コハクお姉さんに『私も連れていって』って伝えているみたい」
なぜ分かる!?
でも、まぁ、言われてみればそんな気がしてきた。
しゃがんで掌を差し出すと、その謎の生物は、私の腕を伝ってスカートに着いているポケットの中に入り込んだ。どうやら、ステファニーちゃんの予想は的中したらしい。
再び歩み出しても謎の生物は微動だにしないので、そのまま目的地を目指す。
「その子の名前はどうするの?」
「名前ですか……確かに、呼び名を決めないと色々と不便ですねえ」
「それもそうだけど、裁定神アルシエラ様の教えに『名前が無いのは物と同じだ』という物があるよ」
あの神霊そんな格言後世に残していたの?
「キュイ」
そうだそうだ、とでも言わんばかりにポケットから鳴き声が響く。
ふむ。名前か。
どうせなら、可愛らしい物にしよう。
「じゃあ『モフたん』で」
「ギュイイイイイイイ」
「ギャアアア」
ポケットの中から、批判するかのような、強烈な猫パンチ。
あれ、さっきまで君、めっちゃご機嫌でしたよね?
「もしかして、人間の言葉を理解しているのかな? そのちっさい体のどこに、言語を理解出来るほど発達した脳があるんですか」
ポケットの中から顔だけ出したモフモフはこちらを見ると「キュン」とだけ鳴いて再び姿を隠した。
「コーハーク、おねぇさーん」
ステファニーが袖の裾を掴み強く引っ張る。
何事かと思い、彼女の方を見ると、小さな手は、進行方向から見て、斜め七十五度先の方向を指差す。
どこまでも続く平坦な平原のいつの間にか途切れ、崖の側の小道を二人と一匹は歩いていた事に気づく。
差された先を見る。
そして、視界に写った物の美しさに言葉を失う。
崖の下、城壁が巡らされた巨大な街。
ロマネスク様式で作られた灰色の家々の間には水路が巡らされている。そして、建物一つ一つの壁に掛かった美しい装飾がされた布がはためいていた。
「街全体が一つの芸術品のようです」
「ちょっと早いけど紹介するね。ようこそ。縫飾神ミネヴァ様の祝福を受けし、芸術と針の町フランドレアへ」
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