転生したら神様より強くなっちゃったので、まったり一人(と一匹)旅をしようと思います。
白鳥ましろ
1 歴史は動き始める
「なんでも願いを叶えてあげる」
そう言われたとき貴方ならどうする?
永遠の生を願う?
巨万の富を願う?
それとも願い事を増やして欲しい?
なんでもいいよ。願いたければ願えばいい。
「祝福」を授けましょう。
「呪い」を受ける覚悟があるのならば。
*
窓から差す月明かり。ずっとやかましい音を立て続ける天井。
小さな洗面台から出る液体は消毒液であり、飲むことは出来ない。
部屋の中は乾燥しており時々唇が痛くなる。
町外れの病院。個室のクリーンルームのベッドの上で私は不思議な物体を眺めていた。
それは明るい緑色をした球形の宝石のような物。
宝石の周りには銀色の細長い物質が針金の様に巻き付いており、宝石の色はその隙間からしか確認できない。
一ヶ月前のある日。病院の中庭へ探索へ向かった時。
花壇の土を観察していると興味深い物を見つけた。
土の上に伸びる動物の足跡。
形を観察してみればそれは狸のものに似ていた。
狸の足跡自体は珍しくはない。
どこにでもある至って普通の物。
しかし特異的だったのはその並び方。
地元の山奥で、本物の足跡は見たことがある。
たしか一直線に並んでいたはずだ。
だが、この足跡は違う。
人間の足跡のように左右に交互に並んでいる。
つまりこの狸は直立二足歩行している。
意味が分からない。
UMAか、妖怪でも、病院に現れたのだろうか。
奇妙な足跡は花壇へ繋がっていた。
いや、厳密に言えば花壇の中で途切れていた。
銀の糸に包まれた奇妙な宝石を残して。
*
宝石を病室から差し込む星明かりを使って透かしてみると中では細かい光の粒が舞う。
美しさに息を飲んだその刹那。
「コハク。どうして君が俺の
背後から青年の声が聞こえた。
恐る恐る振り向いて見ると、確かにそこには少年がいる。
銀髪に宝石と同じ緑色の瞳。
全く血の気が無い白色の耳には胸元まで伸びる耳飾りがついていた。
私より少し背丈が高いその体は、所々に金の刺繍が施された青磁色の中華風な服を纏っていた。
「あの……どなたでしょう」
あれは人では無い。
直感的にそう感じることができる。
彼の服装から漂う異様さは勿論、ここはクリーンルーム。
親族との面会ですら制限があるのに、この見知らぬ青年は深夜にここへ来た。
その上初対面のくせに彼はコハクという私の名前まで知っている。
青年はしばらく首をかしげた後、口を開いた。
「俺はアルシエラ。四大神霊の一柱だ……」
「ちょっと待ってください」
「なぜだ。今名乗っている真っ最中ではないか」
「いや、急に神霊とかシヴァとか言われても分からないですから。カルト教団ですか?」
彼の表情が不満げになる。
「俺は他の時空軸から来た者で……分かりやすく言えば異世界から来た者だ。名をアルシエラという。人間は私の事は裁定神と呼ぶが……君が好きなように呼んでくれ」
「じゃあ、エラで」
「さっき言ったことは取り消そう。俺は魚介か」
「簡潔でいいと思います」
「簡潔過ぎるわ。ひとまず本題に入ろう。まず、君が持っているものは
「
「君達風に表現するならば魔女だ」
「つまり、詐欺占い師が販売している恋が叶う石ではないのですね」
「違う。至って違う。それは俺の心臓の一部と言っても過言ではない貴重な品だ」
心臓の一部。
文字列だけ見るとグロテスク極まり無いが、私が持っている宝石からはそのような印象は無い。そして、もし彼の言うことが本当ならこれを持っているべきでは無い。
「ならこれは返します。なんか、心臓の一部って言われると捨てたくなりますし」
「なんで捨てるんだよ。全く、お前のことは昔から理解出来ない」
急に緑色の瞳が真剣な物になる。
「欠片となった
「つまり?」
「君は俺の眷属になる資格がある」
もはや何を言っているのか分からない。
眷属ってあれでしょう。召使いとか、部下みたいな者でしょう。
いや、急に現れた神に隷属しろとか言われても。
「そもそも私は見ての通り病の治療中ですので、眷属としての役目は果たせそうにないですし、福利厚生云々が心配なのでお断りします」
「この状況で急に福利厚生の心配をするのかお前は。福利厚生なら心配無用だ。休みは週一日。毎日昼寝がつく。なにより、君が今一番欲しい者を俺は君に与えられる」
「一番欲しい物?」
欲しい物。
挙げるとしたらそれは一つ。
「君を病の苦しみから救ってやる」
アルシエラは囁く。悪魔の甘い声のように。
この言葉が、私にとってどれだけ魅力的な物であったか。
彼はこちらに手を差し出す。
手を取ること以外に、選択肢は無かった。
彼は笑う。そしてこう言い放つ。
「舌を噛まないように気をつけろよ」
「え?」
呆気にとられたその数秒後私の体は宙を舞う羽目になった。
*
「ぎょえええええええええ」
横向きになった体の下から吹き荒れる風で私の髪はなびく。
いや、下から風が吹いているのでは無い。
私の体が落下しているのだ。
「空気ていこおおおおおう」
「何を訳の分からない事を言っている」
真っ白な何も無い空間をアルシエラと片手を繋いだ己の体は降下していた。
昔図書館で、『不思議の国のアリス』を読んだことがあったが、あのアリスですらこんなデンジャラスな降下はした事は無いだろう。
私が手を取った後、彼は「舌を噛まないように気をつけろよ」とだけ言い、そのままこの空間に飛び降りた。
彼が足で床に円を描いてこの空間の入口を出現させた時点でなんとなく嫌な予感はしていたが、まさかこうなるとは。
しばらく白い空間の中を落ちてゆく、しばらくした後己の身体が向かう先から紫色の円形の物が見えてくる。
「あれが出口ですかかああああ?」
「いや……違う」
紫の物体が出口では無いことは数秒の後、私にも分かった。
それの周りには無数の手のような物が伸びている。
そして、それらは少しずつ、少しずつ、こちらへと向かってくる。
ひしめく物体が、何本も、何本も、何本も、こちらを捕らえんと、手を伸ばす。
「ひいいいいいい」
「くそ。エレシュリのやつめ……」
手が視界を覆った時、私の意識は遠のいた。
*
「うう。背中が痛いです」
美しい巨木。氷のような薄い水色の蝶が舞う湖の畔。目覚めて視界に収まったのは、神秘的な風景。
先ほどの、スカイダイビング……いや、異空間ダイビングのせいだろうか、全身が痛い。
辺りを見回していていくつかの異変に気づく。
まず、先ほどまで着ていたパジャマが、黒を基調としたワンピースに変わっている。このワンピースにはアルシエラの服と同じように金の刺繍が施されており、膝丈ほどのスカートにはフリルがふんだんに使われている。
首は、服と同じ同じく黒のケープで包まれていた。
二つ目は膝の上に乗っていた未知の生物。
掌サイズの、毛の長い犬のような、狐のような、不思議な見た目の生物はこちらを見上げると「キューイ」と鳴く。
そして、極めつけは私が眠っていた場所。
表面がツルツルしたそれが何か、側にあった湖の水鏡で確認して驚愕する。
なんとそれは己の背丈よりも巨大なキノコのカサの上であったのだ。
――何ですかこれええ。てかキノコって菌糸類だよね。そう思うと今すぐ降りたくなってきました。
そう思い立ち上がろうとする。
しかし、その前に可愛らしい声がこだました。
「わあ。貴方は森の神霊様? それとも木の
声の主は幼い少女。
中性ヨーロッパの貴族風ワンピースを纏った赤毛の少女は屈託の無い笑顔でこちらを見つめてくる。
返答に困り苦笑いをすることしか出来なかった。
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