第9話

 AI総合研究所へ戻ると、二人は自室へと戻った。二人の部屋にはコンピューターが2台置いてある。恐らく、残った仕事を自室でもできるように配慮したものなのだろう。


 デルタはコンピューターの前へ座ると、それを起動した。リュウノが不思議そうな顔を浮かべ、その隣の椅子へと座る。


「何を調べるの?」


「火事前に芥田博士の部屋に不正侵入した人物がいないか調べようと思って」


 デルタはそう言うと、拾った猫のキーホルダーをリュウノに見せる。


「これ、さっき芥田博士の研究所跡で拾ったんだ」


「これって……芥田博士の?」


「そう。僕達三人のお揃いとして買ったキーホルダーだ。芥田博士はこれをコンピューター室の鍵につけていたのを、リュウノは覚えているかな?」


 リュウノは真剣な表情をして頷く。


「芥田博士は一度仕事を始めると滅多にコンピューター室から出なかったから、恐らくこの鍵のあった場所が元のコンピューター室っていうことだよね」


「そうだと思う。そこの付近であるナノチップを見つけて、それを端末に読み込んだ結果がこれ」


 デルタはリュウノに先ほど読み取った端末の画面を見せる。それを見て、リュウノは眉を顰めた。


「これ……何かの暗号?」


 文系の学習しかしていないリュウノには、暗号のように見えるのだろう。デルタは小さく微笑むと解答を口にした。


「これは、プログラミング言語。その中身はコンピューターにとって、明らかに過負荷になるようなものだった。つまり――」


 デルタの声を遮って、リュウノが目を見開いて答える。


「この火事は誰かによって仕組まれたということ!?」


「おそらくね」


 デルタは眉を下げてそう言うと、顔をコンピューターの画面に向けた。コンピューターはすでに起動されており、ホーム画面と思われる青色が映っている。デスクトップ画面には何もない。仕事用ということもあってか、スタートボタンのみがあるシンプルなものだ。


 デルタは早速、キーボードをたたき始める。その速度を見てか、隣でリュウノが「さすがだね」とつぶやく声が聞こえた。


 しばらくして調べたい箇所に到達したのか、キーボードを打つのをやめる。


「リュウノ。ちょっと一緒に画面を見てくれる?」


 デルタの言葉に、リュウノが「分かった」とデルタとの距離を縮め画面をのぞき込んだ。


 そこに映されているのは、芥田博士の研究室――それもコンピューターがたくさんあるコンピューター室だ。芥田博士が研究をしていた部屋で、研究のデータの多くがここにある。そのため、ここに入ることができるのは芥田博士とデルタとリュウノの三人だけだった。ここだけは芥田博士と一緒でも、三人以外は中に入ることが許されていない。


 そのことを知っているリュウノは画面を見て眉をひそめた。


「これ、芥田博士のコンピューター室の監視カメラだよね? どうして、諏訪部博士が映っているの?」


 リュウノの言う通り芥田博士とデルタ、リュウノ以外の姿が映るわけのない監視カメラに、何故か諏訪部博士の姿がある。リュウノはため息を吐くと、自分の憶測を話し始めた。


「おそらく、芥田博士のコンピューターに過負荷をかけるようプログラミングしたのは諏訪部博士だよ。これは一昨日の夕方の映像なんだけど、ちょうど僕達三人が買い物に行っている時間帯なんだ」


「でも、それだったら芥田博士が気づくんじゃない? 監視カメラを毎晩確認していたし」


「そうなんだけど、この映像加工されていてね。ある時間の映像が繰り返し流れるようになっていたんだ。今回僕が見たのは、監視カメラに残されたもうひとつのデータ。芥田博士の研究データを狙う奴らが来て監視カメラの映像を加工するようなことがあった時のために、いつも映像をコピーし保存するよう僕がプログラミングしておいたんだよ。それが功をなして、この映像が撮れた」


 リュウノが隣で息を呑んだ。口元に手を当て、何も言葉が出ないようだった。


 それもそうだろう。諏訪部博士は自分達をここに招いてくれた恩人でもある。優しい人柄から、芥田博士を殺すなんて考えにくかった。しかし、疑わしい証拠があるのだ。デルタは諏訪部博士が真犯人だと信じて疑わなかった。


「……そもそも、諏訪部博士には芥田博士を殺す動機がないじゃない」


 ようやっと口を開いたリュウノの声はわずかに震えていた。


「でも、証拠があるんだ。諏訪部博士以外にそんなこと、できるわけがないんだよ」


「それなら!」


 リュウノが少しだけ声を大きくする。


「アリバイがあるか確かめに行こう。一昨日の夕方にアリバイがなければ、犯行は不可能。先ほどの映像は誰かが仕組んだフェイクっていうことになる」


 リュウノの声に迷いはない。デルタはそれに頷いて同意した。


「分かった。それでリュウノが納得するのなら」


 リュウノはその返事を聞いて、立ち上がる。


「確実な情報を得るのなら、リクに聞くのが一番だね。AIロボットのは嘘を吐くことができないから」


「そうだね。そうしよう」


 デルタも立ち上がり、二人は部屋を出る支度を簡単に整える。そして顔を見合わせ深呼吸をすると、部屋から出て行った。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る