第7話
それから二人とも何も話さず、歩を進めた。そうして気づけば自動販売機のある休憩コーナーへと来ていた。そこにいるのは横溝研究員とリクだ。
横溝研究員はデルタとリュウノに気づくと、優しい笑みを浮かべた。
「こんにちは。先ほどぶりですね」
デルタとリュウノは軽く頭を下げる。リクも二人と同様に軽く頭を下げた。
「そうだ。横溝さんにも聞いてみようよ」
ハッとしたように言うリュウノ。デルタはそれに頷いて同意を示した。
リュウノはその返事を確認すると、視線を横溝研究員に向ける。
「横溝さん。横溝さんから見た芥田博士とは、どんな人でしたか? 私達の知らない博士の一面を知りたくて、今いろいろな方にお話を聞いているんです」
リュウノの話に、横溝研究員は驚いたように目を丸くする。しかしすぐに目尻を下げると、「そうだな」と話し始めた。
「芥田さんは、優しい人です。物にも命が宿ると信じている。
優しい口ぶりから横溝研究員がどれほど芥田博士を慕っているのか分かる。デルタは自然と頬が緩むのを感じた。
リュウノが嬉しそうな声色で話を続ける。
「私達が知っている芥田博士も、優しい方でした。私とデルタを本当の子ども――いえ、姉妹のように接してくださって、家族として大切にしてくれました。……芥田博士にどれだけ救われたことか。その優しさが私達の前だけではないと知って、家族として嬉しく思います」
終わりの方は声が震えていたが、リュウノは柔らかく微笑んでいた。機能として涙が組み込まれていれば、目から涙が滲み出ていただろう。
デルタは頷いてリュウノの話を肯定する。しかし、デルタはリュウノのように上手く笑えなかった。
――リュウノは強い。彼女は芥田博士の死を受け入れ始めている。思い出として残る芥田博士について、笑って話せるのだから。
デルタは不意に視線を宙に向け、横溝研究員から顔を逸らす。自分の弱さを、芥田博士とリュウノ以外に見られたくなかった。まだ芥田博士の死を受け入れられず、思い出話もできない自分の弱さに嫌気が差していたのもあるだろう。デルタは視線を外したまま、話を無理矢理に変えた。
「そういえば、お二人はどうしてここに?」
デルタの気持ちを汲んでか、横溝研究員は余計なことを口にせず返事をした。
「昨日今日と、リクさんにこの研究所内を案内してもらっていたんです。2日とも丸1日リクさんを借りてしまっているので、諏訪部博士には本当に申し訳ないと思っています」
横溝研究員の視線がリクに向けられる。リクは無表情のまま頷いた。
「そうだったんですね。ここは広いから大変でしょう」
リュウノがそう口元に手を当て目を丸くさせる。横溝研究員は「確かに――」と笑って続けた。
「足は疲れてますね。でも、ここは大きい分面白い施設がある。案外、楽しいですよ」
「それならよかったです」
笑い合うリュウノと横溝研究員に、リクが口を挟んだ。
「そろそろ、行きましょう」
――トーンの変わらない声色に、少しだけ不気味さを感じる。
デルタは顔をリクに向けた。綺麗な顔も相まって、人柄――思考のプロセスも冷たいのではないかという印象を受ける。
「そうですね」
横溝研究員の声に、デルタは顔をそちらへ向ける。横溝研究員は壁に埋め込められたデジタル時計を見ていた。
「そろそろ行きましょうか。お二人とお話できて楽しかったです。またお話しましょう」
時計から顔を逸らしデルタとリュウノに視線を配る横溝研究員。デルタはお礼の意味を込め頭を下げ、リュウノはその代わりに口を開いた。
「お時間をお取りしてしまい、申し訳ありませんでした。私達も芥田博士のお話が聞けて嬉しかったです。ぜひ、また機会があればお話ししたいです。ありがとうございました」
横溝研究員は「とんでもない」と両手を横に振る。
「では、また」
そう微笑むと、横溝研究員はリクと共に二人の前から立ち去る。デルタとリュウノはその後ろ姿をしばらく眺めていた。
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