第4話

 二人に用意された部屋は、立派なものだった。二人部屋で約16畳。生活用品はすでに用意されており、ここにないのは自分達の替えの服だけのようだ。しかし、幸運というべきか、自分達の服は今日の買いだしで買ってきたものの中に含まれている。芥田博士が事務用品と一緒に自分達の服も買うように言っていたのだ。


 リュウノが不意に呟いた。


「芥田博士はこうなることを想定していたのかな」


 デルタはソファーに腰掛けると、リュウノに向けて首を傾げた。


「どうしてそう思うの?」


 リュウノがデルタの隣に座る。彼女のひらひらとしたワンピースの裾が、デルタの足に触れた。


「だってさ、博士はいつも私達と一緒に服を買いに行ってくれたじゃん。でも、今日は事務用品と一緒に自分達の服も買って来いって言った。たまには二人だけで選んだ服を見せてよって」


 デルタは芥田博士を脳裏に浮かべる。確かに、服を買いに行くときはいつも一緒だった。汗をかかないAIロボットが着替え用に何着も服を買うことの是非が問われる現代で、二人だけで買いに行かせるのが不安だといつかの博士が言っていた気がする。


 ――そう、芥田博士はいつだってデルタとリュウノを本当の人間のように扱った。本来のAIロボットなら拭くだけいいはずのところ防水機能を取り付けて一緒にお風呂へ入ったり、身だしなみに気を使うよう服のコーディネートに口を挟んだり、今思うととても大切にされていたように思う。


 デルタはそんな感傷から思考を切り離すよう、首を横に振ってリュウノの言葉に返事をした。 


「そんなの、偶然だよ。もしこうなることを芥田博士が知っていたのなら、どうして何も手を打たなかったのか疑問が残る。芥田博士はものを大切にする人だ。コンピューターをオーバーワークさせることはもちろん、研究所が燃えないよう対策するはずでしょう」


 リュウノが何かに気づいたように、デルタの方へ体ごと向ける。


「そうだよね。デルタの言う通り、芥田博士が発火するほどコンピューターに負荷をかけるとは思えない。そう考えると、今回の火事は仕組まれた可能性があると思わない?」


 予想もしていなかったことを言うリュウノ。デルタはハッとして口を押えた。


 ――今回の火事、すなわち芥田博士の死は仕組まれたものだった?


 それを否定しようと考えを巡らすも、否定できる証拠がない。今ある情報だけで考えると、芥田博士のコンピューターへのオーバーワークが原因で火事が起こるとは思えないのだ。


「……一理あるね」


 顎に手を当て頷くデルタに、リュウノが前のめりになって言う。


「私達で、調べてみない? 犯人見つけて、芥田博士の仇をとろうよ」


 真剣な表情のリュウノに、デルタは苦笑いを浮かべた。


「仇って……。まだ殺されたと決まったわけでもないでしょう」


「そうだけど、デルタだって芥田博士の死の真相を知りたいでしょう?」


 リュウノがそう拳を握りながら言う。リュウノは否定もできず、静かに頷いた。


 ――確かに、今回の火事には違和感を覚えている。殺人の可能性も否定できない。仇をとるかどうかは置いておいて、もし本当に殺人だったら芥田博士のためにも犯人を見つけ出すべきだろう。


 そう考えて、デルタはリュウノと同じ答えを出した。


「分かった。調べよう」


 前向きな返事にリュウノは満足そうな笑みを浮かべると、勢いよく立ち上がる。


「そうなると、まず考えなきゃいけないのは動機かな」


「いや、方法でしょ。どのようにして火事を起こしたのか。それを暴いてから犯人を絞り込むのが妥当だと思うけど」


 デルタの反論に、リュウノは頬を膨らませる。


「だって、もう怪しい人ならいるじゃない。ほら、あの――坂江博士。私達に対してあたりもきつかったし、芥田博士のこともあんまり好意的に思ってなかったんじゃないかな」


 それは思い込みだ、とデルタは首を横に振った。


「確かに怪しいけど、証拠がない。被疑者は平等に扱わないと」


「でも、先に話を聞くくらいいいじゃない。どうせ今日は仕事もないし、かといって元の研究所へ調べに行ったら怪しまれるだろうし。明日だったら、博士の形見がないか探しに行きたいとか言って行きやすくなると思うんだけど」


 リュウノの最もな意見に、デルタは「それもそうか」と思い直す。どちらにせよ、疑わしい人物には話を聞くべきだ。デルタはリュウノの提案に乗ることとした。


「よし。それじゃあ、芥田博士と関わりのあった人物に話を聞きに行こう。聞き込みは――リュウノに任せてもいい?」


 語尾を小さくするデルタ。デルタはコミュニケーションにあまり自信がなかった。理系AIロボットということもあり、コミュニケーションに使えるような学習が少ないのだ。人間との会話においては、リュウノに敵うAIロボットはいない。


 リュウノもそれを分かっているのか、「もちろん」と満面の笑みを見せた。その笑顔に、デルタは安堵する。


「聞いたことをまとめるのは、デルタにお願いしてもいい?」


 リュウノのお願いに、デルタは迷いなく頷く。互いに苦手なことを補い合う。この関係がデルタは好きだった。


「ありがとう。それじゃあ、行こうか」


 デルタはその言葉に腰を上げる。コミュニケーションをとることが苦手なデルタはあまり人前に出ることが得意ではない。しかし、大切な人のため今は動かなければならない。デルタは覚悟を決め、リュウノと共に部屋の外に出た。

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