第3話
AI総合研究所に初めて来たデルタは、その規模の大きさに驚いた。諏訪部博士曰く、この世界で一番大きい研究所らしい。設置されている機器は芥田博士のところのものと大して変わりがないのに、広さや機器の台数がかなり違う。働く上で新たに学習することはなさそうだが、地図を記憶しなければ仕事にならなそうだ。
諏訪部博士は二人を研究所のロビーに連れて行くと、そこでしばらく待っているよう言い残しどこかへ姿を消す。残されたデルタとリュウノはロビーのソファーに腰掛けると、辺りを見回した。
「ここが、私達の新しい居場所」
どこかしっくりきていないような様子で呟くリュウノ。デルタはそれに頷いて返す。
デルタ自身、未だに現実を受け入れられていなかった。芥田博士が亡くなったこと、自分達の家がなくなったこと、今日からここが居場所になること――。昨日までの当たり前が急に消えてしまったことの実感がいまいち湧かないのだ。
情報を整理する余裕もなくただぼうっとして時を過ごしていると、しばらくして諏訪部博士が二人の人間と一人のAIロボットを連れてやってきた。
「これが芥田の製作品?」
金色のボブショートヘアをした女性がデルタとリュウノを見ながらそう眉を顰める。白衣を羽織った彼女の瞳がややつり気味であることもあり、その様子は少し威圧感を感じさせた。
「まるで本物の人間みたいじゃない。気持ち悪い」
女性の続けた言葉に、リュウノが小さく息を呑む。デルタは半ば反射的に女性を睨んだ。リュウノは文系AIロボットの名の通り小説や専門書、詩集などの文学作品を多く学習している。そのため感情に敏感で、小さな悪意でも傷ついてしまうのだ。リュウノを傷つけた遠慮のない言葉に、デルタは腹が立った。
諏訪部博士が「まあまあ」と女性と二人の間に入る。そのおかげか、空気が少しだけ和らいだ気がした。
「君達に紹介しよう。こちらは
諏訪部博士の紹介に、坂江博士は深くため息を吐いた。
「今後同じ仕事をすることもあるだろうから、一応よろしく」
坂江博士は二人の返事も聞かず、「それじゃ、言われた通り挨拶したから帰るわよ」と踵を返しロビーから出ていく。その背中に、慌ててリュウノが声をかけた。
「よろしくお願い致します!」
――リュウノが言って、言わないわけにはいかない。
デルタは不本意に思いながら、リュウノに続けて「よろしくお願い致します」と声をかけた。坂江博士は一瞬足を止めるも、右手を上げひらひらと振り再び歩を進める。
その一連の様子を見て、諏訪部博士が苦笑いを浮かべた。
「やれやれ、彼女はひねくれた物言いをすることもあるんだけど、ああ見えて面倒見のいい人なんだ。研究者としての腕もいいし、安心して一緒に仕事できるよ」
デルタとリュウノは顔を見合わせると、何も言わず頷いた。その仕草を確認すると、諏訪部博士は残ったもう一人に視線を向ける。デルタ達はその視線を追って、一人の青年を見た。明るい茶色の髪に濃い青の瞳。日本人にしてはやや彫りの深い顔立ちをしている。
「それじゃあ、もう一人、君達と深く関わるであろう人を紹介するよ。彼は
青年――横溝研究員は紹介を受けると、眩しいくらいの笑顔を浮かべた。
「はじめまして。芥田さんとは大学の研究室で一緒でした。専門としているのは介護系のAIロボットの研究です。芥田さんの相棒と一緒に仕事できるなんて、光栄です。よろしくお願いします」
横溝研究員はそう言うと頭を下げる。デルタは初めて言われた『相棒』という言葉に頬が綻ぶのを感じた。今までは芥田博士の付属品もしくは製作品と呼ばれることが多かった。相棒という言葉の響きは、芥田博士と対等な関係になれたようで嬉しい。
それはリュウノも同じだったようで、少しトーンの上がった声で「こちらこそ、よろしくお願い致します」と頭を下げている。デルタもそれに倣って口を動かし頭を下げた。横溝研究員からは悪意のようなものは感じられない。
「あとは――」
諏訪部博士がそう言葉を続けたため、二人は頭を上げる。諏訪部博士は自身の隣にいる男性型AIロボットへ視線を向けた。
「これは僕の助手をしているAIロボット、リク。何か困ったことがあれば、リクに聞くといい。同じAIロボット同士、話しやすいだろう」
諏訪部博士の助手――リクは、何も言わずただ頭を下げた。デルタとリュウノは先程と同様、「よろしくお願い致します」と頭を下げる。
リクは整った顔立ちをしているからか、どこか無機質で冷たい印象を与えた。同じAIロボットでも、自分達とは別物に思える。
――デルタとリュウノは、特別なAIロボットなんだよ。
昔、芥田博士に言われた言葉が脳裏を過ぎった。あの言葉の真意が、少しだけ分かったような気がした。
「そういえば――」
横溝研究員が口を開く。
「芥田さんの研究所の火事って、結局何が原因だったんですか?」
その疑問に、諏訪部博士が答えた。
「コンピューターのオーバーワークだ。熱を持ちすぎて発火したらしい。コンピューターが発火するなんて、どんな負荷をかけたのか僕には見当もつかないよ」
そう首を横に振る諏訪部博士。横溝研究員は「そうだったんですね」と数回頷く。
隣でリュウノが顔を俯かせるのが分かった。まだ芥田博士の死を受け入れられていない段階で、こういった話は辛いだろう。
デルタはリュウノのため――自分のためでもあったが――、話を区切った。
「あの、僕達、そろそろ自室に行って休みたいのですが、よろしいですか? いろいろと整理をつけたいこともありますし」
諏訪部博士がハッとしたように「それもそうだ」と言うと、リクに部屋へ案内するよう指示する。
「まだ整理もつかない中、悪かったね。仕事はいろいろと落ち着いてからでいいから、今日は部屋でゆっくりと記憶の整理をするといい」
デルタとリュウノは諏訪部博士にお礼を言うと、リクの後に着いて自分達に用意された部屋へと向かった。
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