天国からのメッセージ

モブ子の鈴懸

がんばれよ、こうき

『もうこのグループ使わないから、抜けるわ』


『ミーティングお疲れ様』


 三年愛用しているスマホ画面を、ぼぅっと見つめる。次々と同僚がグループを抜けていく。お疲れ様でした、と機械的に打ってメッセージを送った。


 さっさと俺も抜ければいい――のだが。魔が差した。

 俺は大学を卒業した後、それなりに有名な自動車会社に就職した。そこでパチパチとパソコンに向かって、与えられた仕事をこなしてさえ居ればいいのだけれど、上司の存在が目障りで仕方がなかった。


 女性社員には優しく色目を使う、俺より七つ年上の男。

 ほんの少しイケメンだからと、会社の女性社員にちやほやされて良い気になっているのか、俺のような新人に嫌味を言ってくる。


 ミーティング用に上司が作ったグループ。


 俺以外、誰もいなくなったグループを確認し『上司のバカヤロー死ね』と打った。


 きんきんに冷えた水が、喉の奥を通っていくような心地を覚える。あぁ、すっきりする。


 面と向かって言えたらどんなに良いだろうと思いながら、スマホを机の上に置いた瞬間。


 ぴろん、と返信音が鳴った。


 ぞくりとした。俺のメッセージを見られたのだろうか?


 まさか上司がグループに残っていたのでは……。


 冷や汗をかきながら、スマホの内容を確認する。


 宛名は『よしえ』だった。


 よしえ?


 このグループに女性は居ない。


 疑問に思って『よしえ』のメッセージを目で追う。


『あんたね、ひとさまにむかってしねはいっちゃだめだろう』


 全部平仮名だ。よしえからのアイコンを見ると、真っ青な空の写真が見える。


 誰だこいつは。


 お前誰、と打ってみる。


 すぐに返信が来た。


『こうのよしえ。あんたのばあちゃんだよ、あたしがしんでさんかげつしかたってたないのに、もうわすれたのかい』


「ば、婆ちゃん?」


 俺はぎょっとした。


 今から三ヶ月前に、婆ちゃんは心臓発作を起こして亡くなってしまった。


 大好きな婆ちゃんがこの世から去って、俺は全身の水分が枯渇するのではないか、と思えるほど泣いたのを覚えている。


 忘れてないよ、でも本当に婆ちゃんなの、と返信すると、しばらく経ってからぴろん、と音が鳴った。


『おまえにかってあげた、あおいきょうりゅうのおもちゃ。なっとうにからしをいれるのがだいすきなおまえがよろこぶだろうとおもって、まちがえてからしじゃなくてわさびをいれて、おまえをなかせたこと』


 みるみると婆ちゃんと俺の思い出が蘇ってくる。どうしても欲しくてねだった、青い恐竜の玩具。婆ちゃんが納豆にカラシではなく、ワサビを入れられて、それを食べた俺が大泣きした事件。


 婆ちゃんだ。


 俺の目から涙がぽたり、ぽたりと零れた。


「婆ちゃん」


 会いたいよ。


 その気持ちを文字に打つと、返信が来る。


『あんたがちゃんとちじょうでいのちをまっとうしたら、あおうよ。あたしはてんごくでまってるからさ。がんばれよ、こうき』


「婆ちゃん!」


 待って、もっと話そう。


 そう打ち込んでどれほど待っても、返事は来なかった。


 俺はぼろぼろと泣いて、画面に涙を落とした。婆ちゃんのメッセージを何度も繰り返して読み、呼吸を落ち着かせる。


「婆ちゃん、俺、頑張るよ」


 たとえどんなに嫌な上司の元で働こうとも。いつか婆ちゃんに会った時に、胸を張って生きたと、正々堂々と言えるように。



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天国からのメッセージ モブ子の鈴懸 @hareyakanasora

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