第2話✒ヒロコちゃん

(ところでさ、どうしてマニランマは世界を闇で覆いつくそうとしているの?)

「うーん。以前聞いた噂だと、失恋で病んじゃったんだって。それで世界全体を闇で覆いつくしてみんなで一緒に滅びよう!みたいな」

理由がクソすぎる!!

「イク様が、あなたは別の世界からきたと言っていたけど、あなたはどういう人なの? 名前は?」

(俺の名前は……えーっと、俺の名前は……。あれ?なんだっけ?)

「ふふふ、面白い人ね。自分の名前忘れちゃったの?じゃあ、何歳くらい?なにをしている人?」

えっと、えーっと。だめだ。なにも思い出せない。俺は誰だ!?何者なんだ!?

(記憶をとられてしまったのかも)

「あら。それは大変ね。頑張ってインクを手に入れて、記憶を取り戻しましょうね!」

ヒロコちゃんは優しい笑顔を見せる。結構深刻な状況だと思うけどえらく、前向きだな。

(ところでガラスペンってなに?)

「うーん、まぁガラスでできたペンなんですけど。使い方は簡単なんですよ、こうやってインクをつけて毛細管現象っていってつけたインクがあがっていくんですよ」

ヒロコちゃんは別のガラスペンを手にとって実践してくれた。ペン先がインクにつくとじわじわとインクが浸っていく。

(えー、なにおもしろそう。ちょっとやってみたい貸してー)

「え、いいですけど、どうぞ」

ヒロコちゃんはガラスペンの俺にガラスペンを差し出した。

(えー、あー、そうねそうね、やっぱりいいや、ありがとう)

「ふふふふ」

(そういえばさっき俺を……このガラスペンを使ってなにかを書こうとしてた?大きなため息ついてたみたいだけど)

「えぇ。手紙をね。でもダメなの。今あなたに入れているインクはもう黒く濁ってしまっているわ。これもマニケラトプスのせいなの。その棚にあるインクも全部そう。元々はたくさんの色で溢れていたのよ」

(へぇー。でも手紙を書くだけなのに、色味って必要?黒でいいじゃん。読みやすいし。むしろ濁って好都合じゃん)

「分かってないなぁ。ガラスペンさん。その時の気分や伝えたい想いに応じてたくさんの色の中からふさわしい色を選ぶが良いのよ。例えばこれはさ……」

そういって手に小瓶を手に取った瞬間に、生き生きとしていた表情がくもる。手瓶の中には濁った茶色のインクが入っていた。

「これはさ……マットな感じの赤色だったんだよ。色味は強いんだけど、優しい感じがする赤色。ポインセチアが優しく包み込んでくれているようなイメージで作ったんだって。この色を見ると心がほっこりと温かくなるのよ。ポインセチアの花言葉は“幸運を祈る”なんだけど、大事な人の幸せを願いながらペンをすすめていくと自分も幸せな気持ちになれるの」

(へ、へぇ。とても素敵だね)

「そうでしょう、そう思うでしょう。分かってくれた?ふふふ。もしこの世界に色が戻ったら、ガラスペンさんにも見せてあげたいな。ここにあるインクたちの本当の姿を」

ヒロコちゃんはそう言って微笑んだ。

「例えばこれはさ……」

え、続くの?

「この瓶は容器も素敵でしょ?私瓶を集めるのも好きなのよ。もう血の色みたいになってしまってるけど。マゼンタに近い明るいピンクが入っていたのよ。フランスの美しい街道を歩いていた少女が自分にピッタリの洋服を見つけた時のイメージなんですって。とてもわくわくするような、幸せがはじけだすような気持になるのよ。それでこっちのインクもお勧め!深い紺色に金色のラメが入っていたのよ。願いを込めて見上げた星空のイメージ。こっちは乳白色に薄い緑が混じって出てくるの。暗い色の用紙にかくとすごくきれいなのよ。それでこっちはね……」

だめだ。めっちゃ眠い。急に眠い。あぁ……。

「ちょっと!寝ないでよ!聞いて聞いて」

(なんで目がないのに寝たの分かるのよ)

「なんとなく分るよ!ちゃんと聞いてね。それで、こっちは少し柔らかな橙色。小人たちが躍っている様子をイメージしてるんだって。名前も小人のワルツっていうのかわいいでしょ?それで……」

ヒロコちゃんの話は延々続いた。

「さぁ。今日はもう寝ましょうか」

唐突に話が終わった。

(いや、あなたが寝かせてくれなかったんでしょ。もうこっちは目さえちゃったじゃん)

「明日は早いのだから、ガラスペンさんも早く寝てくださいね」

ヒロコちゃんそそくさを自分だけ布団に入る。

(もう明日出発するの?)

てゆうか俺の布団は?いや、ガラスペンだから布団なんてないか。いや、でも、俺なんかに包まれてないと眠れないタイプなんだよぉ。

「おやすみなさい、ガラスペンさん」

部屋の電気が消された。

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