第12話 すくう者、すくわれる者

「それが、繍球花しゅうきゅうか

「この花か。別に珍しい花ではないだろう」

「お医者様。この花には毒があると言われているのですよ」

「えっ」



 あまり知られていない、花の毒。

 不作に悩み、その日の食事もままならない。

 それはこの村全体に起こっていること。

 どこにも食べられるものはない。

 狩りにも出れない。

 でも腹は空くばかり。

 親は食べてはダメなものの理解はあるだろう。

 では、子どもは?



「身近な場所にある野草でも食べないと、空腹に殺されてしまうところだったのでしょう」



 ――『身近にとれる野草を食べるか、食べれる肉を探します』

 彼女が、村長に言った言葉。

 あの時には気付いていたのだろうか。

 思えば、彼女は村に来た時から繍球花しゅうきゅうかに関心を持っていた。

 彼女はなぜこの村に来たんだ。



「……なあ」

「はぁい?」



 薄っすら浮かべた笑顔。

 荷物から漁ってきた、煙管。

 手当をした手で、煙管に口づける。



「お前、何者なんだ……?」



 ふぅ、と吐き出された煙が、室内に充満する。

 甘ったるく、けれど苦い。

 笑顔なのに笑っていない、月のような朱色の目が、俺を見据える。



「ねぇ、お医者様」

「なんだ」

「わたくし、すごくすごく苦しかったんです」

「は……?」

「食用ではないものを食べ。毒があると知りながら食べ。わたくしの許容量を超える程の量を食べ。ああ、怖かった。すごくすごく怖かった。なぜ、わたくしが見ず知らずの村人のためにここまでしなければならないのか」



 両方の細い腕が、細い体を包む。

 両方の細い足が身を寄せ合い、絡まり合い、惹かれ合う。

 真の像を守る様に寄せられた四肢。

 蓋をするように被さる、顔と頭の長い髪。



「貴方が命を賭してくれた。だから、わたくしも命を賭したのです」



 こちらを覗く、瞳。

 身が硬くなった。



「賭した。助かった。賭けに勝った。ねぇ、お医者様」



 ――『ご褒美、ほしいナ?』



 視覚と嗅覚、そして聴覚が彼女に囚われる。

 目が訴えかけてくる。

 蛇に睨まれた何かの様に動かない。

 さっきまでは何ともないただのか弱い女子おなごだったのに。

 今は、得物を見つけ、一瞬の隙を窺っている狡賢い捕食者だ。

 ふと、血に濡れた小刀の存在を想い出だす。

 同時に。

 自身の手を意にも介さず切りつけた豪気も。

 ……望む答えを言う他ない。



「なんでも、ほしいものを」

「あら嬉しい♡」



 ぱっと上がった顔は、何度も見た無邪気な女の顔だった。

 上機嫌な声が、矢継ぎ早に素っ頓狂なことを語りだす。



「じゃあ、わたくしは貴方が欲しい」

「……は?」

「わたくしの脚となり、眼となり、世話をしてくれる人。ずっとほしかったの」

「は? いやいや、何を言って」

「いのち」



 ―― 『いのち』



「救われちゃいましたね」



 ―― 『掬われちゃいましたね』



「……ああ、そうだな」



 足元どころか、命を。

 恩を返せと言うのだな。



「わかった。どうせ同じ旅の者だ。満足するまでは共に行こう」

「嬉しいです♡ じゃ、字、教えてくださいね♡」

「あーはいはい。それは確かに言ったな」

「やった♡」

「それで、何者かを教えてくれ」

「そうですねえ、一言で言うのなら」




 ―― 毒を盛れば、毒を制することができる者。




「ただそれだけの、ちょっと変わった人間です」

「そんな奴のどこがちょっとだ」

「ただただ、わたくしの体質です。毒を食べることで、わたけしの血が血清となる。それだけ」

「それだけなわけがないだろう。そんな人間……」

「他は特に変わらないじゃないですか」

「見た目も突飛だがな」

「これにはふかーいふかーいわけがございますので」

「はいはい。旅の合間にでも教えてくれ」

「いや♡」

「……」

「よし。満足っ。行きましょう、お医者様っ」

「名前」

「はい?」

「俺は、竜胆リンドウだ。お前は?」

「……鈴蘭リンランです。どうぞ、お見知りおきくださいませ」

「ああ、よろしくな」






 ―――――……

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